古文対策問題 105(源氏物語「若紫・紫上との邂逅」全文解釈・評論型長文)
【本文】
光る君、須磨に下り給ひし頃、なほ都のこと恋しく、日ごろ夢のうちにのみ、古き友や宮仕えの人々の姿を見給ふ。
ある夕暮れ、山里に旅して、ふと草の庵に立ち寄りたまひぬ。そこに、幼き姫君、すずしき衣に包まれて、花のように寝たまへるを見給ひて、いとあはれに、うつくしと思す。
御前に仕ふる老女、「この姫君は、亡き御母君の忘れ形見にて候ふ」と申し上ぐ。
源氏の君、幼き日の面影や、亡き母・桐壺更衣の悲しき最期を思ひ出で、胸ふさがるほど涙ぐみ給ふ。
その夜、姫君の寝顔を見守りつつ、「この子を守り育てて、いつの日か、我が心のよりどころとしたく思ふ」とひそかに誓いぬ。
明くる日より、源氏の君はしばしば山里を訪れ、姫君の成長を見守り、やがて紫上として、我が庵に迎え入れ給ふ。
世の無常、栄華の夢に心悩みつつも、ただこの姫君を得て、君の心は初めて癒されるのであった。
【現代語訳】
光源氏が須磨に下った頃、都のことが恋しく、夢の中で古い友人や宮仕えの人々の姿を見ていた。
ある夕暮れ、山里を旅していると、ふと草の庵に立ち寄った。そこに、幼い姫君が涼しげな衣に包まれて、花のように寝ているのを見て、しみじみと可愛らしく思った。
仕えている老女が、「この姫君は、亡き母君の忘れ形見です」と告げた。
源氏は、幼い日の思い出や、亡き母・桐壺更衣の悲しい最期を思い出し、胸が詰まるほど涙を流した。
その夜、姫君の寝顔を見守りながら、「この子を守り育てて、いつか私の心の支えとしたい」と密かに誓った。
翌日から、源氏はたびたび山里を訪れ、姫君の成長を見守り、やがて紫上として自分のもとに迎え入れた。
世の無常や栄華のはかなさに悩みながらも、この姫君を得て、初めて源氏の心は癒されたのであった。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 源氏物語:紫式部による全五十四帖の長編物語。光源氏の人生と愛、無常観が貫かれる。
- 若紫:紫上との邂逅と成長、理想の女性像への追求、親子・男女愛の複雑な交錯。
- 須磨:源氏の流謫(るたく)の地。都での波乱の後、精神的転機となる。
重要古語・語句:
- 庵:草庵、仮の住まい。
- 忘れ形見:故人の面影をとどめる子どもや物。
- 成長:「おとなびぬ」など、精神的・身体的成熟。
- 無常:世の移ろい、人生の儚さ。
- うつくし:かわいい、愛らしい。
【設問】
【問1】光源氏が幼い姫君(後の紫上)に強く心惹かれた理由について、彼の過去や心情に即して200字以内で論じなさい。
【問1 解答例・解説】
幼い姫君の姿に、源氏は亡き母・桐壺更衣の面影や、幼き日の自分自身の孤独を重ね合わせた。自らの喪失感や救済願望が強く働き、姫君を守り育て、理想の存在として心の拠り所にしたいという切実な思いがあった。(194字)
【問2】この「若紫」段は、源氏物語全体の主題や構成にどのような意味を持つか。300字以内で述べよ。
【問2 解答例・解説】
「若紫」の段は、源氏の恋愛・人間形成に決定的影響を与え、物語の中核である理想女性像の追求や、親子・男女・保護者的愛情の複雑な絡み合いを象徴する。ここでの出会いと養育は、以後の紫上との関係のみならず、源氏が人間として成長し、人生の無常・愛のはかなさを深く体験していく伏線となる。全体の主題「愛と喪失」「人間の成長」「無常観」すべての起点となる重要な場面である。(284字)
【問3】光源氏が紫上を「自分の理想の女性」として育てようとする態度について、現代的な視点から批評的に論ぜよ。(400字以内)
【問3 解答例】
源氏が幼い紫上を自らの理想に育てようとする姿勢は、当時の男性中心的価値観や女性像の押し付けを象徴している。一方的な理想の投影は、紫上の主体性や個性を抑圧しかねず、現代的価値観からは問題視される点も多い。紫上は物語の中で徐々に自立し、源氏の期待や保護からも距離をとろうとするが、根底には「理想の女性=男性に都合のよい存在」とする意識がある。現代の私たちは、この関係性を「愛の純粋さ」だけでなく、個人の自由や相互理解の重要性、男女平等といった視点で読み解く必要がある。歴史的背景を理解しつつも、紫上の内面や苦悩に共感し、自己実現の難しさや愛の複雑さを考えたい。
【問4】あなたが「若紫」の場面から感じた人生観や現代社会への問いについて、自由に論じなさい。(400字以内)
【問4 解答例】
「若紫」の場面には、人と人が出会い、心を通わせることのかけがえなさと、その一方で、自分の理想や過去の喪失感を他者に投影してしまう危うさが描かれている。現代社会でも、他人や自分自身に「こうあるべき」という理想を押し付けたり、喪失を癒すために誰かを必要以上に求めたりすることは多い。私はこの物語から、人は誰しも不完全で、愛もまた決して一方的な所有や完成ではなく、互いに成長し合い、理解を深めるプロセスであると感じた。紫上のように自分の人生を見つめ直し、自分らしく生きる努力や、他者と対等な関係を築く難しさを考えるきっかけにもなった。