古文対策問題 104(枕草子「すさまじきもの」全段解読・評論型長文)

【本文】

すさまじきもの、昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼。
鴉のねどころへ行くとて、やうやう暮れかかるに、犬追ひて出づるもいとすさまじ。
牛の糞踏みて、ほのかにうつくしき衣のすそに、黒くつきたるもいとにくし。
夜更けて、人のもとより、文のたまひたるに、灯消えて読むこともできず、翌朝あけがたに見れば、何も書かず、紙ばかり渡したるも、いとすさまじ。
また、夜寒きに、夜具のうちに誰もいぬれば、音もせず、ただ一人臥して、草の枕のうちに霜しろくおけるなど、いとどすさまじきことなり。
かくて世の中のつまらなさ、あいなきことを次々に書き出して、さるにても、これもまた、もののあはれ、わびしさを知るゆゑ、心に残ること多かるべし。

【現代語訳】

興ざめなもの――昼間にほえる犬、春の網代(あじろ=冬の風物詩なので春に用いるのは興ざめ)、三、四月の紅梅色の衣、牛が死んでしまった牛飼い。
カラスがねぐらへ帰る夕暮れに、犬を追い出してしまうのもとても興ざめである。
牛の糞を踏んで、かすかに美しい衣の裾に黒く付いたのも本当に腹立たしい。
夜遅くに人から手紙をもらっても、灯が消えて読めず、朝に見ると何も書かれておらず紙だけ渡されたのも、ひどく興ざめだ。
また、寒い夜に、布団の中で誰もいなくて、物音もせず、一人で寝ている草の枕に霜が白く降りているのも、ますます興ざめなことである。
こうして世の中のつまらなさ、どうしようもないことを次々に書き出してみても、それもまた、もののあはれや侘しさを知るため、心に残ることが多いのだ。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 枕草子:清少納言による随筆。感性の自由さと率直な観察眼、リズムある文体が特徴。
  • すさまじきもの:現代語の「すさまじい」と異なり「興ざめ」「しらける」「つまらない」の意。
  • もののあはれ:対象の哀感・侘しさも美や情趣とする平安文化の根本的美意識。

重要古語・語句:

  • すさまじき:興ざめ、しらける。
  • 網代:冬の漁具。春に使うのは場違い。
  • ねどころ:ねぐら、寝る場所。
  • 草の枕:旅の仮寝、野宿。
  • わびし:侘しい、寂しい、もの悲しい。

【設問】

【問1】「すさまじきもの」を並べるという記述スタイルの効果について、本文の内容も参照し論ぜよ。(200字以内)

【問1 解答例・解説】

次々と「すさまじきもの」を列挙することで、共感や笑い、あるいは意外な寂しさを強調し、日常の「興ざめ」を詩的に浮かび上がらせる効果がある。また、個々の場面が生き生きと描写され、読み手の感情を自在にゆさぶる巧みな手法である。(181字)

【問2】清少納言は「すさまじきもの」をなぜわざわざ描くのか、その文学的・哲学的意義を300字以内で述べよ。

【問2 解答例・解説】

「すさまじきもの」を描くことで、清少納言は単なる美や情緒だけでなく、日常の「しらけ」や「哀感」もまた人間の感性の一部であることを伝えている。平安文学では、もののあはれ=侘しさ・無常の情感もまた美のうちとされ、「興ざめ」さえ人生の味わいとして受けとめる哲学がある。つまらなさや孤独、腹立たしさも観察し表現することで、感性の幅広さ・奥行きを提示している点が画期的である。(268字)

【問3】あなたが現代生活で「すさまじきもの」を感じた経験を一つ挙げ、その時の気持ちや気づきを400字以内で論ぜよ。

【問3 解答例】

私が最も「すさまじきもの」を感じたのは、久しぶりに友人と会う約束の日、突然の大雨で相手が来られなくなり、カフェで一人取り残されたときだった。注文したケーキもあまり味がせず、他の客の会話が遠く聞こえる中、「こんなはずじゃなかったのに」と妙に心が冷えていった。だが、少し時間が経つと、その「しらけ」や「寂しさ」自体が人生の一コマとして心に残り、後から思い返すと不思議な味わいがあった。清少納言がすさまじきものを並べて見せるように、人生の「つまらなさ」も振り返れば美しく感じられるのかもしれない、と思った。

【問4】「すさまじきもの」から派生して、枕草子全体に流れる美意識の特質を論じよ。(400字以内)

【問4 解答例】

枕草子全体に通底する美意識は、従来の「美しさ」や「情趣」だけでなく、「興ざめ」や「にくさ」「わびしさ」までも題材にし、日常生活のあらゆる側面を美の視点でとらえる広がりにある。「をかし」「あはれ」だけでなく、「すさまじきもの」や「にくきもの」など逆説的な感情も積極的に描写し、ありのままの世界の多面性を肯定的に捉えている。これは、主観的な感情の自由、観察力の鋭さ、言葉のリズム感と結びつき、従来の格式ばった文学観を軽やかに超える独自の美学を打ち立てている。結果として、読者に「日常のすべてが詩になる」という感覚をもたらすのである。

レベル:最難関大・専門レベル|更新:2025-07-25|問題番号:104