古文対策問題 103(堤中納言物語「虫めづる姫君」全文解読級長文)

【本文】

むかし、虫めづる姫君と人のいひけるは、内裏にさぶらひたまふ中納言のむすめなり。
いとめずらかなるさまにて、容貌いとしのびやかに、髪ははなやかなる色にあらず、いと黒く長く、衣装も常にあやしき色のものを召したり。
いとこのごろの世の姫君とは異なりて、かしこうものなど習ひたまはず、物語や歌にも心を寄せず、ただ虫をこそいみじく好みたまひけれ。
蝶の翅、蛍の光、鈴虫の音など、すべて愛しきものとして集め持ちたまふ。
ある日、侍従の女房、「姫君、なにゆゑに虫など好ませたまふぞ、世の常の姫君は、かやうなるものを忌みきらひたまふものなり」といさめ申しける。
姫君、しづかに答へて、「かやうなるものこそ、命のはかなさを知り、移ろふ世のありさまの哀れを教へ給ふものなれ。花の色も香も、いとど移ろひやすく、虫の音もまた同じ。人もみな、この世に長くはあらじと、かくのごときものを見れば思ふなり」とのたまひける。
されば、世の人は姫君を不思議に思ひ、さまざまに言ひなすれども、姫君はいとど心深く、やさしき人にぞおはしける。
いと久しきのち、父大臣の御前に召されて、女房たちの歌合せにも加へられたり。
花の歌、秋の月の歌など、ほかの姫君たちが艶やかに詠み出づるなか、姫君ひとり、「虫の音に移ろふ秋をしのびつつ 花よりもなお涙ぞぞふる」と詠みて、人々をあっと驚かせたり。
父大臣、「この子はおろかにや」と思ひたまひしかど、つひには姫君の心深き歌に感じ、涙ぐみ給ひけり。

【現代語訳】

昔、虫好きの姫君と人々が呼んだ少女は、内裏に仕える中納言の娘であった。
とても変わった様子で、顔立ちはひっそりとしており、髪も華やかではなく、とても黒く長かった。服もいつも地味な色のものを着ていた。
今時の姫君とは違い、和歌や物語にも興味を示さず、ただ虫だけを非常に好んだ。
蝶の翅、蛍の光、鈴虫の音など、すべてを愛しいものとして集めていた。
ある日、侍従の女房が「姫君、なぜ虫などをお好きになるのですか。普通の姫君はそのようなものを嫌うものですよ」と諫めた。
姫君は静かに答えて、「このようなものこそ、命の儚さや世の移ろいを教えてくれるのです。花の色も香りもすぐに消え、虫の音も同じ。人もまた、この世に長くはいられません。こうしたものを見ているとそう思うのです」と言った。
そのため、人々は姫君を不思議に思い、いろいろ噂したが、姫君はますます心の深い優しい人であった。
しばらく後、父大臣の前に呼ばれ、女房たちの歌合わせに加えられた。
花や秋の月を題に他の姫君たちが艶やかに詠む中、姫君は一人、「虫の音に移ろう秋をしのびつつ 花よりもなお涙ぞぞふる」と詠み、人々を驚かせた。
父大臣は最初は「この子は愚かなのでは」と思ったが、最後には姫君の心の深さに感じ入り、涙ぐんだという。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 堤中納言物語:平安後期~鎌倉初期成立とされる短編物語集。個性的な女性像を描く。
  • 虫めづる姫君:「人と異なる」こと、個性や感性の尊さがテーマ。後の時代の文学・漫画等でも再解釈される。
  • 歌合せ:和歌を詠み合う宮廷の遊び・競技。

重要古語・語句:

  • さぶらふ:お仕えする。
  • あやしき:地味な、不思議な。
  • いみじく:非常に。
  • いさむ:諫める、注意する。
  • をかし:趣がある、風情がある。

【設問】

【問1】姫君が虫を好む理由について、花や人の命と対比しながら本文に即して説明せよ。(200字以内)

【問1 解答例・解説】

姫君は、虫の翅や音を愛でることで、花の色や香り、人の命と同様に「はかなさ」や「移ろい」の本質を感じ取っている。虫の短い命を通じて、世の無常や人間存在の儚さを深く見つめ、花よりもさらに涙がこぼれるほど心動かされるのである。(188字)

【問2】姫君の歌「虫の音に移ろふ秋をしのびつつ 花よりもなお涙ぞぞふる」の意味と美的価値について論じよ。(300字以内)

【問2 解答例・解説】

この歌は、秋の移ろいとともに虫の音が次第に消えゆくさまを「花よりもなお」深く心に感じ、涙を流しているという内容である。花の散り際の美しさより、さらに儚く消えゆく虫の命や音に、姫君は人一倍敏感に心を寄せている。無常観やもののあはれを独自の感性で表現し、自然と人生のはかなさを重ねる点に、平安文学的な美意識と個性の独自性がきらめく。(277字)

【問3】「虫めづる姫君」という存在が、当時の社会通念や女性像にどのような挑戦・新しさをもたらしているか。本文・歴史背景を踏まえ400字以内で論じよ。

【問3 解答例】

当時の貴族社会では、姫君たちは和歌や物語、華やかな装い、美しい所作が求められ、「虫を好む」ことは奇異とされた。虫めづる姫君は、そうした社会規範から大きく逸脱し、表面的な美や慣習ではなく、生命の本質や無常の美、個人の深い感受性を大切にした女性像を提示している。これは、従来の女性観への挑戦であると同時に、個性や本質的な感性の価値を先取りする先進性があり、後世の読者に「自分らしさ」や多様性の重要性を訴えかける作品としても読み継がれてきた。個性尊重・本質追求という現代的テーマも持つ画期的な存在である。

【問4】あなた自身の価値観や経験と重ね、虫めづる姫君の生き方について自由に論じなさい。(400字以内)

【問4 解答例】

現代社会でも「人と違う趣味」や「マイノリティな感性」が時に誤解や孤立を生むことがあるが、虫めづる姫君のように自分の興味や信念を貫くことはとても勇気のいる生き方だと思う。私自身、周囲と異なる考えや趣味を持つことで戸惑うこともあったが、それが自分の個性であり、人生を豊かにする源であると最近は感じるようになった。姫君のように、自分だけの美意識や価値観を大切にし、それを歌や表現に昇華できる生き方は、多様性を認め合う現代にも強く響くと感じる。誰にも媚びず、世界を自分の目で見つめることの大切さを学びたい。

レベル:最難関大・専門レベル|更新:2025-07-25|問題番号:103