古文対策問題 102(徒然草・兼好法師「無常観と生の意味」超長文)

【本文】

およそこの世の有様、常なきこと、花の春、雪の冬にも似たり。
すべてのものは、移ろひゆくに、昔ありし人も家も、今はただ跡のみ残る。
かの名を残せし賢人も、栄華の限りにありし人も、やがて塵となりぬ。
いかなる家も人も、時の流れには逆らひがたし。
されば、盛んなる時も、やがて衰へ、楽しきも、悲しきも、同じく過ぎて、いとど遠くなりぬ。
かくて思へば、まことにこの世は夢のごとく、覚めてのちに何も残らぬものなり。
されど、ただ儚しとて生を捨てむもまた愚かなるべし。
人、世の常なきを知ればこそ、今ある命を惜しみ、日々の営みを大切にすべきなり。
何事も移り変わるを知りて、物の哀れを感じ、己が心を深く知ることこそ、人としての道なり。
ゆえに、徒然の折々に筆をとりて、過ぎにし日を思い、今ある己の心を写しとること、いと尊し。
生はかぎりあり、死は避けがたし。しかれば、今日一日の光をも惜しみて、悔いなき道を歩むべきなり。

【現代語訳】

この世のありさまは、常に変わることのないものはなく、春の花や冬の雪のように、すべてが移り変わる。
昔いた人も家も、今はただ跡が残るだけである。有名だった賢人も、栄華を極めた人も、やがてはみな塵となってしまう。
どんな家も人も、時の流れには逆らえない。
栄えていた時もやがては衰え、楽しさも悲しさも、すべては過ぎ去ってしまい、やがて遠いものとなる。
このように考えると、まさにこの世は夢のようで、目覚めてしまえば何も残らないものである。
しかし、ただ儚いからといって生きることを投げ出すのは愚かなことである。
人はこの世が無常であると知るからこそ、今ある命を大切にし、毎日の営みを大事にするべきなのだ。
何事も変わりゆくと知って、物のあわれを感じ、自分自身の心を深く知ることこそ、人としての道である。
だからこそ、手すきの時に筆をとり、過ぎた日々を思い、今の自分の心を写しとることは、とても大切である。
人生には限りがあり、死は避けられない。だからこそ、今日一日の光さえ惜しみ、悔いのない道を歩むべきなのだ。

【覚えておきたい知識】

文学史・古文常識:

  • 徒然草:吉田兼好による鎌倉末期の随筆。人生や世の無常、心の深層、自然観などを鋭く描く。
  • 無常観:仏教思想に基づく「すべては変わりゆくもの」という人生観。方丈記・徒然草の核。
  • もののあはれ:移ろいゆくものに感じる情感や哀しみ。平安~中世文学のキーワード。

重要古語・語句:

  • いかなる:どんな。
  • 盛んなる:繁栄している。
  • いとど:ますます、いよいよ。
  • かぎりあり:限りがある、永遠でない。
  • 惜しむ:大切にする。

【設問】

【問1】本文は「この世の有様、常なきこと」と「生きることの意味」をどのように関係づけているか。筆者の思想の核心を200字以内で論じよ。

【問1 解答例・解説】

筆者は、この世が無常であることを深く認めつつ、だからこそ今の命を惜しみ、日々を大切に生きるべきだと説いている。移ろいゆくからこそ一瞬一瞬を意味あるものにし、悔いなく人生を送ることが、生きることの本当の意味である、と考えている。(195字)

【問2】筆者が「夢のごとく、覚めてのちに何も残らぬ」と述べることの、文学的効果・哲学的意義について説明せよ。(300字以内)

【問2 解答例・解説】

「夢のごとく」という比喩は、人生や現実のはかなさを鮮烈に印象づける文学的効果がある。哲学的には、人間存在の有限性・無常性を端的に示し、虚無に陥るのではなく、むしろ人生を貴重なものとして肯定的に生きる動機付けとなっている。こうした表現を通して、人生観を深め、物のあはれや今を生きる尊さを読者に強く訴えている。(296字)

【問3】本文後半の「徒然の折々に筆をとり…今ある己の心を写しとること」にはどのような現代的意義が見いだせるか。あなた自身の経験や社会状況も踏まえて400字以内で述べよ。

【問3 解答例】

現代においても、日記や随想、SNSでの発信など、日々の思いを言葉にして記録する営みは広く行われている。激しく移り変わる社会や情報の中で、自分の気持ちや価値観を見つめ直す時間はますます貴重になっている。私自身、困難な時や心が揺れるときに文章を書くことで、自分の心のありかや本当に大切にしたいものが見えてくる経験を何度もした。兼好法師が説いた「今ある己の心を写しとる」ことは、現代人にとっても自己理解や心の安定、人生の質を高めるために大きな意味を持ち続けていると言える。

【問4】この無常観は日本文学・思想にどのような影響を与えてきたか。史実・他作品も参照しつつ論じよ。(400字以内)

【問4 解答例】

無常観は、『方丈記』『平家物語』『源氏物語』など中世・近世の文学作品や、芭蕉の俳諧、現代詩まで一貫して日本文化の根底をなしてきた。たとえば「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」に始まる平家物語は、栄華もやがては滅びるという無常観が全編に流れている。無常を嘆くだけでなく、そこから「もののあはれ」や「一期一会」の思想が生まれ、一瞬の美や人の縁を大切にする価値観が根付いた。無常観は、日本文学の美意識・倫理観・人生観を形づくる不可欠な要素となり、現代に至るまで深く影響を及ぼしている。

レベル:最難関大・専門レベル|更新:2025-07-25|問題番号:102