古文対策問題 101(和漢朗詠集序「詩歌と心の深層」超長文)
【本文】
夫れ詩歌は、古今の心を映し、天地の理をあらはすものなり。
風月を友とし、山川を師として、その情を詠むに、筆の及ばぬ思ひも、声となりて世に伝はる。
人の世の憂きも楽しきも、ことばに託して和歌となり、詩となるは、心の奥底より湧きいづる流れのごとし。
いはば、心は大海にして、詩歌はその波の音なり。
いかなる賢人も、時として憂いに沈む時は、その思ひを歌に託して慰むることあり。
また、栄華の巓にある人も、やがて衰ふる理を知れば、物の哀れを感ぜずにはあらず。
ゆゑに、詩歌は時に心の薬となり、時に鏡となりて、己が姿を映し出す。
いにしへより、名高き歌人、詩人の名を残せるは、ただ才にすぐれしが故にあらず。
深き心をもち、世の無常を見つめ、その悲しみ、喜び、すべてを声にのせて詠みあげし故なり。
この故に、和漢朗詠集を編むにあたり、数多の詩歌を撰びて、時の移ろひと人の心の移り変わり、その深層を照らさんと欲す。
今ここに集まれる詩歌は、時代を越えて人の心に響き、後の世に生きる者にも、心の糧とならむことを願ふばかりなり。
しかれば、詩歌を学ぶ者、言葉のみに目を奪はるることなく、その奥にひそむ心を汲み取り、己が人生に照らし合わせて味はふべし。
いと深きこの道をたどらむとする者よ、常に新しき心をもって、いにしへの詩歌に向き合ふべし。
【現代語訳】
詩歌とは、古今の人々の心を映し出し、天地自然の理を明らかにするものである。
風や月を友とし、山や川を師として、その感情を詠むとき、筆で表しきれない思いも、声となって世に伝わる。
人の世の悲しみも楽しみも、言葉に託して和歌や詩となるのは、心の奥底から湧き出る流れのようなものである。
つまり、心は大海で、詩歌はその波の音である。
どんな賢人でも、ときに悲しみに沈むと、その思いを歌に託して慰めることがある。
また、栄華の頂点にいる人でも、やがて衰える理を知れば、物のあわれを感じずにはいられない。
だから、詩歌はときに心の薬となり、ときに鏡となって自分の姿を映し出す。
昔から有名な歌人や詩人の名が残ったのは、ただ才能が優れていたからではない。
深い心をもち、世の無常を見つめ、その悲しみや喜び、すべてを声にのせて詠みあげたからである。
こうした理由から、和漢朗詠集を編むにあたり、多くの詩歌を選び、時の流れや人の心の移ろい、その深層を照らそうとした。
ここに集められた詩歌は、時代を超えて人々の心に響き、後の世に生きる人々にも、心の糧となることを願うばかりである。
したがって、詩歌を学ぶ者は言葉だけに目を奪われず、その奥に潜む心をくみ取り、自分の人生に照らし合わせて味わうべきである。
この深い道をたどろうとする者よ、常に新しい心で、昔の詩歌に向き合うようにせよ。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 和漢朗詠集:藤原公任(ふじわらのきんとう)が平安中期に編んだ詩歌アンソロジー。和歌と漢詩を集めた画期的な選集。
- 無常:仏教的な「すべては移ろい変化する」という考え。平安文学の根底思想。
- 詩歌の役割:心の深層を表現し、人生の慰め・省察・交流の場ともなる。
重要古語・語句:
- 映す:反映する、映し出す。
- 託す:ことばや形に気持ちを込める。
- 巓(いただき):頂点。
- 撰ぶ(えらぶ):選ぶ。
- 照らす:明らかにする、光を当てる。
【設問】
【問1】筆者は、なぜ「詩歌は心の薬、また鏡となる」と述べているか。本文の論理に即して200字以内で説明せよ。
【問1 解答例・解説】
詩歌は人の心の奥底にある悲しみや喜びを表現し、ときに悲しみを和らげる薬となり、ときに己の姿を映し出す鏡となる。詩歌を通じて自分の内面や人生の真実に気づき、感情の整理や癒しを得ることができるからである。(187字)
【問2】本文中、「詩歌はただ才にすぐれしが故にあらず」とあるが、この言葉に込められた意図について、詩歌と才能・心の関係に着目して論じなさい。(300字以内)
【問2 解答例・解説】
筆者は、歴史に名を残した歌人・詩人が優れていたのは、単に言葉や詩作の才能があったからではなく、深い心を持ち、世の無常や人間の喜び・悲しみを見つめ、それを詩歌に込めたからだと強調している。詩歌とは才能だけで生まれるものではなく、心の深さ、物事への共感力、人生への洞察力があってこそ、時代を超えて人々の心に響く作品となるという、人間性重視の詩歌観が込められている。(287字)
【問3】本序文が「和漢朗詠集」という詩歌集の冒頭に置かれることの意義を論じなさい。(200字以内)
【問3 解答例・解説】
序文を冒頭に置くことで、和漢朗詠集の詩歌が単なる技巧や形式の競い合いではなく、人の心や人生の本質、時の流れと人間の深層心理を照らすものであることを宣言し、読む者・詠む者に詩歌の本質的価値と意義を自覚させる役割を果たしている。(186字)
【問4】あなた自身の経験や現代社会と照らし合わせ、本文が述べる「詩歌の役割」について自由に論じなさい。(400字以内)
【問4 解答例】
(記述例)
本文が説くように、詩歌は古今を問わず人間の心に寄り添うものであり、現代においても、歌や詩、小説や日記、SNSでの短文投稿など、形は違えど人々は自らの思いを言葉に託すことで、心の整理や癒し、他者との共感を得ている。私自身、苦しいときや孤独を感じるとき、誰かの詩や歌に救われたり、自分で文章を書いて気持ちを整理したりすることがある。こうした営みは、和漢朗詠集の時代と本質的には変わらず、詩歌=言葉が人を支え、人生を照らす力を持つことを、改めて感じる。(385字)