古文対策問題 114(源氏物語「夕顔の最期」全段精読・評論型長文)
【本文】
夕顔の君、つれづれなるままに、光る君とともに人生のはかなさを語りあひたまふ。
その夜、浅茅が宿にて、いとあやしき気色のもの来たりて、夕顔の君の御前に立ち現れぬ。
たちまちにして、夕顔の君、いといたく乱れ、苦しげに臥したまへり。
光る君、驚き惑ひて、祈りを尽くすも、その甲斐なく、
明け方近く、夕顔の君は静かに息絶え給ひぬ。
その後、光る君は悲しみに沈み、夢とも現ともつかぬまま、夜明けを迎へたまふ。
亡き夕顔の君の顔は、死に装いながらもなお美しく、
「はかなき命の中にも、かく美しき人のありけるかな」と、涙にくれつつ、
かの世の定めなさ、人の命の儚さを、しみじみと心に覚え給ふ。
【現代語訳】
夕顔は、退屈なままに光源氏と人生の儚さについて語り合っていた。
その夜、浅茅が宿で不思議な気配を感じ、夕顔の前に怪しいものが現れた。
たちまち夕顔は激しく苦しみ、床に臥してしまう。
光源氏は驚き動揺して祈りを尽くすが、何の効き目もなく、
明け方近くに夕顔は静かに息を引き取った。
その後、光源氏は深い悲しみの中、夢と現実の区別もつかないまま夜明けを迎える。
亡き夕顔の顔は死に装いながらも美しく、
「儚い命の中にも、こんなに美しい人がいたのだ」と涙にくれ、
この世の無常や命の儚さをしみじみと感じた。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 源氏物語:紫式部作。愛と喪失、人生の無常観を描く。
- 夕顔:光源氏が恋した女性。非業の最期は物語の無常観・怪異性を象徴。
- 浅茅が宿:草深い寂しい庵。物語的象徴性が高い。
重要古語・語句:
- つれづれなるまま:退屈なまま、所在なく。
- いといたく乱れ:非常に苦しみ取り乱す。
- かの世:あの世、来世。
【設問】
【問1】夕顔の最期の場面が「無常観」をどのように表現しているか、本文に即して200字以内で論じよ。
【問1 解答例・解説】
夕顔が一夜のうちに突然亡くなる場面は、人生のはかなさ・死の予測不可能性を強調している。光源氏の祈りも届かず、美しさの極みにある人さえ無常の理に逆らえない運命を、静かで悲しい筆致で表現している。(186字)
【問2】光源氏の心理描写から読み取れる「喪失」と「美」の関係について、評論的に300字以内で述べよ。
【問2 解答例・解説】
光源氏は、夕顔の死という喪失を前に、美しいものほど儚く消えやすいという人生の真理を痛感している。亡き夕顔の顔に美しさを見出し、涙に暮れる姿は、美の頂点が死と隣り合わせであるという無常観と、「喪失を通してしか見えない美」への深い洞察を示す。美しさは永遠でなく、失われるからこそ心に刻まれる――その矛盾と哀しさが、源氏の心を深く揺さぶっている。(285字)
【問3】あなた自身が「美しさの儚さ」や「大切なものの喪失」を感じた体験を一つ挙げ、本文の世界観と重ねて400字以内で述べよ。
【問3 解答例】
私は高校時代、親友と過ごした何気ない日々が、卒業とともに一瞬で過去のものになった時、初めて「美しさの儚さ」を強く感じた。日々の何気ない笑顔や会話は、当たり前に続くと思っていたが、別れの瞬間にその美しさと価値に気づき、深い喪失感に包まれた。源氏物語の夕顔の最期の場面と同じく、「永遠には続かないからこそ、美しい」という真理が心に残った。大切なものや人ほど、失われた後にその意味が鮮やかに浮かび上がる――そんな悲しみと、どこか救いのある世界観を、源氏物語の無常観から学んだ気がする。
【問4】夕顔の最期の場面が日本古典文学史に持つ意義について、評論的に400字以内で述べよ。
【問4 解答例】
夕顔の最期の場面は、日本古典文学における「美と死」「愛と喪失」「無常観」の結節点として極めて重要である。恋愛物語の中に怪異と死を導入し、単なる男女の恋を超えて人生の不可思議・はかなさを象徴的に表現した点で画期的だった。美しいものほど早く消えるという価値観は後の能や近世文学、近代詩まで脈々と受け継がれる。夕顔の最期がもたらす恐怖・悲しみ・美の混淆は、日本人の美意識や文学的想像力に深い影響を及ぼし、儚さを肯定的に受け止める文化の礎となった。