古文対策問題 059(土佐日記「国分寺の別れ」長文)
【本文】
十一日、国分寺にて、国の人々、別れを惜しみて集まりぬ。日ごろ親しき人々、涙ながらに「また会ふこともや」と言ひ交はす。
日は西に傾き、寺の庭に桜の花ちらほらと咲き残りて、旅立ちの一行を見送る風情なり。
かくて、主人も、下人も、皆袖をしぼりつつ、門出の歌を詠む。「春の別れはなほ悲しきものかな」と、ある者は声を震わせて詠みける。
紀貫之も、国司の任を終え、土佐の人々と名残を惜しみつつ、「またの日の再会を」と心に願ひて舟に乗りぬ。
その夜、舟の上より寺の灯を遠く眺めて、「この国の人々の情け深きこと、忘れがたし」と、ひとり静かに涙を流しけり。
【現代語訳】
十一日、国分寺で、土佐の人々が別れを惜しんで集まった。長く親しくしてきた人々は、涙ながらに「また会えるだろうか」と言い合う。
日は西に傾き、寺の庭には桜がちらほらと咲き残り、旅立ちの一行を見送るような風情があった。
主人も下人もみな袖をぬらしながら、門出の歌を詠んだ。「春の別れはやはり悲しいものだ」と、ある者は声を震わせて詠んだ。
紀貫之も、国司としての任を終え、土佐の人々と別れを惜しみながら「いつかまた会いたい」と心に願って船に乗った。
その夜、船の上から寺の灯りを遠く眺め、「この国の人々の情の深さは忘れがたい」と、ひとり静かに涙を流したのであった。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:紀貫之(きのつらゆき)。平安時代の歌人・国司。
- 作品:『土佐日記』。国司として土佐から京へ帰る旅を女性の視点で記した日記文学。
- 国分寺:各国にあった寺院。土佐国分寺は旅立ちの別れの場。
- 門出の歌:旅立ちや別れの場で詠む和歌。
重要古語・語句:
- 惜しみて:惜しんで。
- 袖をしぼる:涙で袖をぬらす。
- 名残を惜しむ:別れを惜しむ。
- 情け深し:思いやりが深い。
【設問】
【問1】国分寺での別れの情景として本文内容に最も合うものを一つ選べ。
- 人々が涙を流して別れを惜しみ、歌を詠んだ
- 宴会を開き、賑やかに別れた
- 舞を舞って見送った
- 争いが起きた
- 嵐の中で急いで出発した
【問1 正解と解説】
正解:1
皆が「涙ながらに」「袖をしぼりつつ」歌を詠み、しみじみと別れを惜しむ情景である。
【問2】本文中に描かれている春の別れの特徴として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 桜が咲き残る中で、しみじみとした悲しみがある
- 梅雨の大雨が降っていた
- 夏祭りの賑わいがあった
- 雪が積もっていた
- 台風で出発が遅れた
【問2 正解と解説】
正解:1
「桜の花ちらほらと咲き残りて」「春の別れはなほ悲しきもの」と、春ならではの情緒と悲しみが強調されている。
【問3】紀貫之が別れの夜、舟の上から感じたこととして本文内容に合うものを一つ選べ。
- 土佐の人々の情け深さが忘れがたいと思った
- 都への道のりを心配した
- 嵐に不安を感じた
- 新しい生活への期待で胸をふくらませた
- 旅の疲れで眠りこんだ
【問3 正解と解説】
正解:1
「この国の人々の情け深きこと、忘れがたし」とある通りである。
【問4】『土佐日記』が後世に与えた影響や文学的特徴として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 女性の視点を用いた最初の日記文学で、旅と別れの情趣を描いた
- 戦記物語としての迫力がある
- 政争の記録が中心である
- 物語風の恋愛小説である
- 農民の暮らしを主題とした
【問4 正解と解説】
正解:1
女性の視点・旅と別れの情緒という独自性が日本文学に与えた影響は大きい。