古文対策問題 060(伊勢物語「芥川」長文)
【本文】
昔、男ありけり。女と忍びて、夜ふけて芥川を越えむとする。女、いと恐ろしとて、男の衣の袖を固く取りて離さず。
闇の中、草むらにもののけの音もしきりに聞こえ、女の心細さはいよいよ深し。
かくて川を渡り、庵に入りぬ。男、「かく夜更けては、鬼などもこそ出で来め」と、女の袖を取りてなぐさめき。
しばしうちとけて語りつつ、男は庵を出でて、薪を取りに行きぬ。その間に、女の姿は見えずなりにけり。
男、驚きて探し回れども、ただ草の露のみにて、ついに女の行方知れず。
「あはれ、いかにしつるにか」と、闇の中に立ちつくし、袖をしぼりて涙しけり。
【現代語訳】
昔、男がいた。女とひそかに、夜が更けてから芥川を越えようとした。女はとても怖がって、男の衣の袖を固くつかんで離さなかった。
闇の中、草むらからもののけの音がしきりに聞こえ、女の心細さはますます深くなった。
こうして川を渡り、庵に入った。男は「こんなに夜が更けては、鬼なども出てくるかもしれない」と言いながら、女の袖を取ってなぐさめた。
しばらく心をなごませて語り合っているうちに、男は庵を出て薪を取りに行った。その間に女の姿は見えなくなっていた。
男は驚いて探し回ったが、ただ草の露が光るばかりで、ついに女の行方は分からなかった。
「ああ、いったいどうしてしまったのか」と、闇の中で立ち尽くし、袖をぬらして涙を流したのであった。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:未詳。平安前期の歌物語。
- 作品:『伊勢物語』。在原業平をモデルとする主人公の恋と冒険。
- 芥川:今の大阪府北部、淀川の支流とされる。
- もののけ:鬼や妖怪、異界のものの気配。
重要古語・語句:
- 忍びて:ひそかに。
- いと恐ろし:とても怖い。
- しきりに:絶え間なく。
- うちとけて:心をゆるめて。
- いかにしつるにか:いったいどうしてしまったのか。
- 袖をしぼる:涙で袖をぬらす。
【設問】
【問1】女が男の袖を「固く取りて離さず」とした理由として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 闇夜ともののけを恐れて不安だったから
- 寒さに震えていたから
- 男とけんかしていたから
- 川に落ちそうになったから
- 急いで帰りたかったから
【問1 正解と解説】
正解:1
「女、いと恐ろしとて、男の衣の袖を固く取りて離さず」と明記されている。
【問2】男が庵を出て薪を取りに行った間に起きたこととして本文内容に最も近いものを一つ選べ。
- 女の姿が見えなくなった
- 女が眠っていた
- 女が歌を詠んだ
- 鬼が現れた
- 夜が明けた
【問2 正解と解説】
正解:1
男が庵を出た間に「女の姿は見えずなりにけり」とある。
【問3】女の行方が分からなくなった後の男の様子として正しいものを一つ選べ。
- 闇の中で立ち尽くし、涙を流した
- あきらめて庵で休んだ
- 村人に助けを求めた
- すぐに都へ戻った
- 笛を吹いて気を紛らわせた
【問3 正解と解説】
正解:1
「闇の中に立ちつくし、袖をしぼりて涙しけり」と描写されている。
【問4】この『伊勢物語』「芥川」の一節が象徴するテーマとして最もふさわしいものを一つ選べ。
- 恋のはかなさと異界への不安
- 戦いの勇ましさ
- 宴の楽しさ
- 都での成功
- 家族との再会
【問4 正解と解説】
正解:1
恋人同士のはかなさ、闇やもののけへの不安がこの場面の大きな主題である。