古文対策問題 057(平家物語「敦盛最期」長文)
【本文】
一ノ谷の合戦にて、熊谷次郎直実、敵の中に十六、七ばかりなる若き武者を見つけて、馬をはせ寄せ、ついに追いつきけり。
「名を名乗れ」と問へば、その若武者、「名乗らずとも討たるべきぞ」とて、うつむきたるまま、直実の太刀を受けたり。
直実、その顔を見れば、まことにいと若く、いまだあどけなき気色まじりぬ。
「この者を討つは哀れなり」と思へども、敵を逃しては叶はず、涙を落としつつ首をかききりぬ。
その後、直実、若武者の甲を脱がせば、笛をぞ持ちたりける。「いかなる身分の人にて候ふらむ」と問えば、「平家の公達、平敦盛と申す」と答へけり。
直実、これを聞きてますます涙を流し、「かく若き者を討ち奉る、つらきことかな」と、世の無常を深く感じけり。
【現代語訳】
一ノ谷の合戦で、熊谷次郎直実は敵軍の中に十六、七歳ほどの若い武者を見つけ、馬を駆って追いかけ、ついに追いついた。
「名を名乗れ」と問いかけると、その若武者は「名乗らなくても討たれるだけだ」と言って、うつむいたまま直実の太刀を受けた。
直実がその顔を見ると、本当に若く、まだあどけない様子が残っていた。
「この者を討つのはあまりに哀れだ」と思ったが、敵を逃がすわけにはいかず、涙をこぼしながら首を切った。
その後、直実が若武者の兜を脱がせると、笛を持っていた。「どのような身分の方ですか」と問うと、「平家の公達、平敦盛と申します」と答えた。
直実はこれを聞いてさらに涙を流し、「こんな若い者を討ってしまうとは、なんとつらいことだろう」と、世の無常を深く感じたのだった。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:未詳。鎌倉時代の軍記物語。
- 作品:『平家物語』。平家と源氏の争いを描く、無常観の代表作。
- 一ノ谷の合戦:源平の重要な戦いのひとつ(現在の兵庫県付近)。
- 熊谷次郎直実:源氏方の武将。僧侶となり、平敦盛を弔った。
- 平敦盛:平家一門の若武者、笛の名手としても知られる。
重要古語・語句:
- 名を名乗れ:名前を言え。
- あどけなき気色:幼い様子、あどけない顔つき。
- 哀れなり:気の毒だ、かわいそうだ。
- 首をかききる:首を切る。
- 公達:貴族の子弟。
- 無常:この世が移ろいやすく儚いこと。
【設問】
【問1】直実が若武者の顔を見て感じたこととして本文内容に最も近いものを一つ選べ。
- あまりに若く哀れだと思った
- 敵意を強く感じた
- 親しみを感じて安心した
- 戦いを楽しんだ
- 恐ろしさを感じた
【問1 正解と解説】
正解:1
「この者を討つは哀れなり」とあり、若さゆえの哀れさ・気の毒さを強く感じている。
【問2】若武者が「名乗らずとも討たるべきぞ」と言った心情として正しいものを一つ選べ。
- 覚悟を決めて、運命を受け入れている
- 自分の身分に自信がない
- 喜びを感じている
- 助けを求めている
- 怒りに震えている
【問2 正解と解説】
正解:1
「名乗らずとも討たるべき」とは、最期を覚悟し、運命を受け入れた心情である。
【問3】若武者の正体を知った直実の心情として最もふさわしいものを一つ選べ。
- いっそう深い悲しみと無常感
- 勝利の喜び
- 恐怖心
- 怒り
- 安心感
【問3 正解と解説】
正解:1
「ますます涙を流し」「無常を深く感じけり」とあり、深い悲しみと無常観が表現されている。
【問4】この場面が『平家物語』全体の主題において象徴するものとして最も正しいものを一つ選べ。
- 無常観と戦乱の悲劇
- 戦勝の喜び
- 恋愛の喜び
- 宴の楽しみ
- 新しい生活の開始
【問4 正解と解説】
正解:1
若き命が戦で失われる悲劇、そして無常観が『平家物語』の主題として象徴的に描かれている。