古文対策問題 052(源氏物語「夕顔の最期」長文)
【本文】
源氏の君、六条院の東の院に、夕顔の君をしのびて訪ひ給ふ。
夕顔は人知れずひっそりと住みたまふを、源氏、いとど心を惹かれて、ある日人目をしのびて忍び入り給ふ。
ふたり静かに語らひつつ、夜は更けぬ。風の音、虫の声もいとあはれなり。
その夜、夕顔の君、夢うつつの間に、ふと苦しげな気配を見せ給ふ。源氏、驚きて寄り添い、女房も灯火を持ち来たれば、夕顔の君ははかなき息を引きて、ついにもの言はずなりぬ。
源氏の君、涙とどまらず、手を取りて嘆きおはす。「いかにして、この身はただ一人残りて、世を渡らむ」と、ひたすら悲しみ給ふ。
夜明けの庭に、かすかに咲き残る夕顔の花のみが、淡く白く、月の光に浮かびて見えたり。
その後、源氏の君はしばらく世を憂いて物思ひに沈み、夕顔の君の面影を胸にとどめて過ごし給ふ。
【現代語訳】
源氏の君は六条院の東の院に住む夕顔の君をひそかに訪ねた。
夕顔は人知れず静かに暮らしていたが、源氏はますます心惹かれて、ある日人目を忍んでこっそりと訪れた。
二人は静かに語り合いながら夜が更けていく。風の音や虫の声もとても趣深い。
その夜、夕顔の君は夢うつつの中で、ふと苦しそうな様子を見せる。源氏が驚いて寄り添い、女房が灯を持ってくると、夕顔の君はかすかに息をして、ついに言葉も発せずに息を引き取った。
源氏の君は涙が止まらず、手を取って嘆き悲しむ。「どうして自分だけがこの世に残って生きていかねばならないのか」とひたすら悲しんだ。
夜明けの庭には、かすかに咲き残る夕顔の花だけが、淡く白く、月の光に浮かび上がって見えていた。
その後、源氏の君はしばらく世の中を憂い、夕顔の面影を心にとどめて過ごした。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:紫式部。平安時代中期の女流作家。
- 作品:『源氏物語』の「夕顔」巻。夕顔の君の死は物語屈指の悲劇的場面。
- 六条院:源氏の壮麗な邸宅。東の院は女性たちの住まいのひとつ。
- 夕顔:花の名。淡く儚い花で、主人公夕顔のイメージと重なる。
重要古語・語句:
- しのびて:ひそかに。
- あはれなり:しみじみと情趣がある。
- はかなき息:弱々しい息、最期の息。
- おはす:いらっしゃる(尊敬語)。
- 世を憂いて:この世をつらく思って。
【設問】
【問1】源氏の君が「人目をしのびて忍び入り給ふ」とあるが、そのときの心情として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 夕顔への強い思いと恋しさ
- 怒りや不安
- 家族への義務感
- 金銭的な欲望
- 仕事の責任感
【問1 正解と解説】
正解:1
人目を忍んで会いに行く行動から、夕顔への恋しさや強い思いが読み取れる。
【問2】夕顔の君の死の場面で描かれる情景・表現として本文にないものを一つ選べ。
- 虫の声や風の音の情緒
- 女房が灯火を持ってくる場面
- 激しい雨が降る場面
- 源氏の君が涙する場面
- 夜明けの庭に咲き残る夕顔の花の描写
【問2 正解と解説】
正解:3
激しい雨の描写はなく、虫の声や風の音、灯火、涙、花の情景はすべて本文にある。
【問3】夕顔の死後、源氏の君がどのように過ごしたか、本文の内容に最も近いものを一つ選べ。
- 世の中を憂い、夕顔の面影を心にとどめて過ごした
- 都で新しい出会いを楽しんだ
- 旅に出て忘れようとした
- 宴会を開いて気を紛らわせた
- すぐに結婚の約束をした
【問3 正解と解説】
正解:1
「世を憂いて物思ひに沈み、夕顔の君の面影を胸にとどめて過ごし給ふ」とある。
【問4】この一連の場面が『源氏物語』の中で持つ意味として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 人の命の儚さ、恋愛の哀しみや無常を象徴的に描く重要な場面
- 豪華な宮中生活の愉しさのみを描く場面
- 戦いの激しさを描く場面
- 旅の喜びを描く場面
- 政争の駆け引きが主題の場面
【問4 正解と解説】
正解:1
夕顔の死とその後の情景は、人の命の儚さや愛の無常、人生の哀しみを象徴的に表現しており、物語全体の主題とも重なる重要な場面である。