古文対策問題 004(平家物語「敦盛最期」)
【本文】
その時、平敦盛は、ただ一騎で海辺へと落ちて行く。熊谷次郎直実、これを見て、「あれは敵の大将と見ゆるぞ、逃すな!」と馬を飛ばして追いかけける。敦盛、沖のほうへ舟を呼ばんとするが、間に合わず、ついに直実の前に取り押さえられぬ。
直実、敦盛の首を取らんとして、その顔を見れば、十六、七ばかりの美しき若武者なり。直実、これを見て涙を流し、「同じ命ならば、我が子にこのような目にあわせたくはない」と思い、しばし手を止める。
しかし、戦の定めとはいえ、討たねばならず、ついに涙をもって敦盛の首をはねけり。その後、直実は出家し、敦盛の冥福を祈る日々を送ったといふ。
【現代語訳】
そのとき、平敦盛はたった一騎で海辺に向かって逃げていった。熊谷次郎直実はそれを見て、「あれは敵の大将らしい、逃がすな!」と馬を急がせて追いかけた。敦盛は沖にある舟を呼ぼうとしたが間に合わず、とうとう直実に取り押さえられてしまった。
直実が敦盛の首を取ろうとして顔を見ると、十六、七歳ほどの美しい若武者であった。直実はその姿を見て涙を流し、「もし同じ運命ならば、自分の子にこのようなことはさせたくない」と思い、しばらく手を止めた。しかし、戦の掟である以上、討たねばならず、涙ながらに敦盛の首をはねた。その後、直実は出家し、敦盛の冥福を祈る毎日を送ったという。
【覚えておきたい知識】
文学史・古文常識:
- 作者:未詳(軍記物語・平家一門による口承)。
- 作品:『平家物語』は、鎌倉時代に成立した軍記物語。平家一門の栄華と没落を描き、武士道や無常観が主題。
- 敦盛:平家の若武者・平敦盛(1169-1184)。一ノ谷の戦いで討たれ、哀惜の物語として有名。
- 熊谷次郎直実:源氏方の武将。敦盛との出会いをきっかけに出家したと伝えられる。
- 一ノ谷の戦い:源平合戦の一つ。現在の兵庫県神戸市西部・須磨浦周辺が舞台。
重要古語・語句:
- 落つ:(戦いに敗れて)逃げ落ちる。
- 首を取る:敵を討ち取る、討ち死にさせること。
- 冥福:死者の幸福、冥土での安らぎ。
- 出家:俗世を離れて仏門に入ること。
【設問】
【問1】直実が敦盛の首を討とうとして「しばし手を止める」理由として最もふさわしいものを一つ選べ。
- 敦盛が源氏の武士だったから。
- 戦の最中で疲れ果てていたから。
- 敦盛が自分の息子と同じくらいの年齢で、美しい若者だったから。
- 他の味方に討つことを止められたから。
- 敦盛が名のある武将ではなかったから。
【問1 正解と解説】
正解:3
直実は敦盛の顔を見て、「我が子にこのような目にあわせたくはない」と思い涙した。年若く美しい敦盛の姿が、自分の息子と重なったからこそ、討つ手が止まったのである。
【問2】本文の出来事がその後、直実の人生に与えた影響として最も正しいものを選べ。
- 直実は武士をやめ、僧侶として敦盛の冥福を祈る日々を送るようになった。
- 直実は平家への憎しみを強め、さらに多くの平家武将を討った。
- 直実は故郷へ戻り、家族と静かな生活を送った。
- 直実は源氏の総大将となった。
- 直実は都を離れて海外に渡った。
【問2 正解と解説】
正解:1
敦盛を討った後、直実はその悲しみと無常観から武士をやめ、出家して敦盛の冥福を祈り続けたと伝えられている。これは『平家物語』に描かれる有名なエピソードである。
【問3】「戦の定めとはいえ、討たねばならず」とはどのような意味か。最も適切なものを一つ選べ。
- 戦いには必ず勝たなければならない、という意味。
- 戦争の中では人を討つことが決められており、やむをえないことである、という意味。
- 武士として首を取れば名誉となる、という意味。
- 敵と戦うのは自分の本望である、という意味。
- 戦いで敗れた者は全て助けるべきだ、という意味。
【問3 正解と解説】
正解:2
「戦の定めとはいえ」とは「戦いというものの掟(さだめ)、決まりごと」である以上、どんなに辛くても討たなければならない、というやむをえなさを示している。