漢文対策問題 008(『説苑』より 螳螂の斧)
本文
園中有樹、其上有蟬。蟬高居悲鳴飲露、不知螳螂在其後也。螳螂委身曲附、欲取蟬、而不知黄雀在其傍也。黄雀延頸、欲啄螳螂、而不知弾丸在其下也。此三者、皆務欲得其前利、而不顧其後患也。
【書き下し文】
園中(えんちゅう)に樹有り、其(そ)の上に蝉(せみ)有り。蝉、高きに居て悲鳴(ひめい)し露(つゆ)を飲むも、螳螂(たうらう)の其の後(しりへ)に在るを知らざるなり。螳螂、身を委(ゆだ)ねて附(ふ)を曲げ、蝉を取らんと欲するも、黄雀(くわうじゃく)の其の傍(かたは)らに在るを知らざるなり。黄雀、頸(くび)を延ばし、螳螂を啄(つい)ばまんと欲するも、弾丸(だんがん)の其の下(した)に在るを知らざるなり。此(こ)の三者(さんしゃ)は、皆(みな)其の前の利を得んと務(つと)めて、其の後の患(うれ)ひを顧(かへり)みざるなり。
【現代語訳】
【問題】
「此三者、皆務欲得其前利、而不顧其後患也」とあるが、この話が教訓としていることは何か。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自然界では、弱肉強食の食物連鎖が厳然たる掟として存在しているということ。
- 目の前の利益に心を奪われていると、すぐ後ろに迫っている危険に気づかず、思わぬ災難に遭うことがあるという戒め。
- 利益を得るためには、背後にある危険を顧みないほどの集中力と覚悟が必要だという激励。
- 人生は常に危険と隣り合わせであるため、利益を追求するよりもまず身の安全を確保すべきだということ。
- 蝉もカマキリも黄雀も、それぞれの立場で必死に生きているという、生命の尊さを描いた物語。
- 一つのことに集中すれば、他の些細なことは気にならなくなるという、精神集中の重要性。
- 他者を出し抜いて利益を得ようとすれば、必ず自分も誰かにその利益を狙われるという因果応報の理。
- より大きな利益を得るためには、小さな危険はあえて無視することも時には必要だという戦略。
- 何事も自分の背後に気を配るべきであり、決して前だけを見て行動してはならないということ。
- 弾丸を持つ人間こそが、自然界の頂点に立つ最強の存在であるということ。
【正解と解説】
正解:2
- 選択肢1:弱肉強食は描かれているが、それはあくまで教訓を導くための設定であり、話の主題ではない。
- 選択肢2:◎ 「前の利」に「務め」て、「後の患ひ」を「顧みず」という本文末尾の要約に完全に合致する。目先の利益に囚われることの危険性を指摘しており、これがこの寓話の中心的な教訓である。
- 選択肢3:本文は危険を顧みないことを戒めており、全く逆の解釈である。
- 選択肢4:「利益を追求するな」とまでは言っておらず、「利益を追求するあまり危険に気づかなくなる」ことを戒めている。
- 選択肢5:生命の尊さというよりは、人間の行動に対する教訓として語られている。
- 選択肢6:精神集中を肯定的に捉えているが、本文ではそれが危険を招く原因となっている。
- 選択肢7:「因果応報」も近いが、主題は「利益に目がくらむと危険に気づかない」という心理状態への警告であり、2の方がより直接的である。
- 選択肢8:危険を無視することを肯定しており、本文の趣旨とは逆である。 * 選択肢9:「決して前を見てはならない」は極論。前も見つつ後ろも警戒するという、視野の広さが求められている。
- 選択肢10:人間が強いことは示されているが、それがこの話の主眼ではない。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「不A、不B」(Aせず、Bせず)
- 意味:「Aをしないで、Bをしない」という並列の否定。本文の最後の一文は、「前の利を得ようと努め、『そして』後の患いを顧みない」という構造になっている。
- この文脈では、前半の「務欲得其前利」が原因となり、後半の「不顧其後患」という結果を招いている関係を読み取ることが重要。
重要単語
- 螳螂(とうろう):かまきり。
- 黄雀(こうじゃく):うぐいす、あとり、しとど等の黄色い小鳥の総称。ここではカマキリを狙う捕食者。
- 弾丸(だんがん):はじき弓(パチンコ)の弾。ここでは人間による危険の象徴。
- 利(り):利益。自分の得になること。
- 患(うれい/かん):災い。心配事。害悪。
- 顧(かへり)みる:振り返って見ること。反省して考えること。気を配ること。
背景知識・故事成語:「螳螂、蝉を窺う」
出典は前漢の劉向が編纂した『説苑(ぜいえん)』。君主への諫言や逸話を集めた書物。この物語は、呉王が楚の国を攻めようとした際に、王の側近である少年がこのたとえ話を用いて、目の前の利益(楚を攻めること)に夢中になると、背後から越の国に攻められる危険があることを諭した、という文脈で語られる。ここから、「螳螂、蝉を窺い、黄雀、後に在り(とうろう、せみをうかがい、こうじゃく、しりえにあり)」という成句が生まれ、目先の利益に夢中になって、背後に迫る災いに気づかないことのたとえとして使われる。※「螳螂の斧」は、カマキリが自分の力を顧みずに大きな敵(車の轍)に立ち向かう、無謀な抵抗のたとえであり、別の故事に由来する。