漢文対策問題 007(故事成語『蛇足』)
本文
楚有祠者。賜其舎人卮酒。舎人相謂曰、「数人飲之不足、一人飲之有余。請画地為蛇、先成者飲酒。」一人蛇先成、引酒且飲之、乃左手持卮、右手画蛇曰、「吾能為之足。」未成、一人之蛇成、奪其卮曰、「蛇固無足。子安能為之足。」遂飲其酒。為蛇足者、終亡其酒。
【書き下し文】
楚(そ)に祠(まつ)る者有り。其(そ)の舎人(しゃじん)に卮酒(ししゅ)を賜(たま)ふ。舎人相(あ)ひ謂(い)ひて曰く、「数人(すうにん)にて之を飲まば足らず、一人にて之を飲まば余り有り。請(こ)ふ、地(ち)に画(ゑが)きて蛇(へび)を為(つく)り、先(ま)づ成る者、酒を飲まん。」と。一人の蛇先づ成る。酒を引きて将(まさ)に之を飲まんとす。乃(すなは)ち左手(さて)に卮を持ち、右手(うて)に蛇を画きて曰く、「吾(われ)能(よ)く之が足を為(つく)る。」と。未(いま)だ成らざるに、一人の蛇成る。其の卮を奪ひて曰く、「蛇は固(もと)より足無し。子(し)安(いづ)くんぞ能く之が足を為らんや。」と。遂(つひ)に其の酒を飲む。蛇の足を為りし者は、終(つひ)に其の酒を亡(うしな)へり。
【現代語訳】
【問題】
「為蛇足者、終亡其酒」とあるが、最初に蛇を完成させた男が、結局酒を手に入れられなかったのはなぜか。その理由として最も適切なものを次の中から一つ選べ。
- 蛇に足を描いたことで、絵の出来栄えが悪くなり、勝者として認められなかったから。
- 勝利が確定したにもかかわらず、蛇に足を描くという余計で無駄な行いをしたため、その間に酒を奪われたから。
- ルールを破って蛇に足を描いたため、ペナルティとして酒を飲む権利を剝奪されたから。
- 自らの才能をひけらかす傲慢な態度が、他の者たちの怒りを買い、力ずくで酒を取り上げられたから。
- 足を描くことに集中するあまり、持っていた酒壺をうっかり手放してしまったから。
- 後から完成した男の蛇の絵の方が、芸術的に優れていると判断されたから。
- 「蛇の足」は不吉の象徴とされており、縁起の悪い絵を描いたことを咎められたから。
- 酒を飲む前に余計な自慢話をしたため、その隙を突かれてしまったから。
- 蛇には足がないという当たり前の事実を知らなかったため、物知らずとして軽蔑され、相手にされなかったから。
- 最初に完成した男が酒を飲むのを、他の全員が結託して実力行使で阻止したから。
【正解と解説】
正解:2
- 選択肢1:絵の出来栄えの良し悪しが問題なのではなく、行為そのものが問題とされている。
- 選択肢2:◎ 勝利という目的は達成したのに、そこで止めずに「足を為る」という不必要な行為に及んだことが敗因である。この話の核心(蛇足の語源)を的確に説明している。
- 選択肢3:ルール違反というよりは、行為の無意味さと、それによって生じた時間的ロスが直接の敗因である。
- 選択肢4:傲慢な態度はあったかもしれないが、それが直接の敗因ではなく、あくまで無駄な行為が原因である。
- 選択肢5:酒壺を手放したという記述はない。
- 選択肢6:絵の芸術性は全く問われていない。勝負はあくまで速さであった。
- 選択肢7:不吉云々という話は本文になく、想像の域を出ない。
- 選択肢8:自慢話というよりは、実際の「行動」が問題である。
- 選択肢9:事実を知らなかったのではなく、知った上で「俺は足も描けるぞ」と余計なことをしたのである。
- 選択肢10:結託したという記述はなく、あくまで後から完成した一人に奪われている。
【覚えておきたい知識】
重要句法:未来・意志「将(まさ)ニ~ントス」と反語「安(いづ)クンゾ~ヤ」
- 未来・意志:「将(まさ)ニ~ントス」→「(今まさに)~しようとする」。英語の "be about to do" に近い。動作が実現する直前の状態を表す。本文では「将飲之(まさに之を飲まんとす)」と、飲む直前の状況を描写している。
- 反語:「安(いづ)クンゾ~ンヤ」→「どうして~だろうか、いや~ない」。強い否定や非難を表す。本文では「子安能為之足(子安くんぞ能く之が足を為らんや)」と、足を描く行為を「できるはずがない」と強く非難している。
重要単語
- 祠(まつ)る:先祖や神を祭ること。祭祀。
- 舎人(しゃじん):家に仕える者。家来。食客。
- 卮酒(ししゅ):「卮」は古代の酒器。壺に入った酒のこと。
- 固(もと)より:元来。もともと。言うまでもなく。
- 亡(うしな)ふ:失う。なくす。ここでは酒を飲み損ねる意。
故事成語:「蛇足(だそく)」「画蛇添足(がだてんそく)」
出典は『戦国策(せんごくさく)』。この物語が語源である。あっても益がないばかりか、かえって物事の本質を損なう余計なもののたとえ。せっかく完成したものを、不必要なものを付け加えたために台無しにしてしまうこと。現代でも「その説明は蛇足だ」のようによく使われる。