漢文対策問題 005(『荘子』より 無用の用)
本文
今子有大樹、患其無用。何不樹之於無何有之郷、広莫之野、彷徨乎無為其側、逍遥乎寝臥其下。不夭斤斧、物無害者。無所可用、安所困苦哉。
【書き下し文】
今、子(し)に大樹(たいじゅ)有り、其(そ)の無用なるを患(うれ)ふ。何(なん)ぞ之(これ)を無何有(むかう)の郷(きょう)、広莫(こうばく)の野(や)に樹(う)ゑ、其の側(かたわ)らに無為(むい)に彷徨(ほうこう)し、其の下(した)に逍遥(しょうよう)として寝臥(しんが)せざる。斤斧(きんぷ)に夭(よう)せられず、物の害する者無し。用(もち)ゐる所無(ところな)ければ、安(いづ)くんぞ困苦(こんく)する所あらんや。
【現代語訳】
今、あなたには大きな木があるのに、その役に立たないことを心配している。それならばどうして、その木を何もない理想の郷、広々とした何もない野原に植えて、そのそばを自然のままにぶらぶらと歩きまわり、その木陰でのんびりと寝そべったりしないのか。(そうすれば)斧で若いうちに切り倒されることもなく、他の何ものにも害されることはないだろう。使い道がないからこそ、どうして苦しむことなどあろうか、いや、あるはずがない。
【問題】
役に立たないと嘆かれている大樹に対する荘子の考え方として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 一見すると役に立たないものでも、見方を変えれば別の使い道が見つかるはずだと説いている。
- 世間的な尺度で「役に立たない」ことこそ、かえって災いから身を守り、安らかに天寿を全うさせるという真の価値なのだと説いている。
- 役に立たない木は、人の住む場所から遠く離れた何もない野原に植え替えるべきだと、具体的な解決策を提示している。
- どんなものにも使い道はあるのだから、その木を加工して、人々の役に立つ道具を作るべきだと主張している。
- 木が役に立たないのは、それを使う人間の知恵が足りないからだと、人間の側の問題を指摘している。
- 「役に立つ」という世俗的な価値観こそが、人々を苦しめている元凶なのだと批判している。
- 何もない郷でのんびりと寝そべることこそが人生の目的であり、木はそのための道具に過ぎないと述べている。
- 大きな木は切り倒される運命にあるのだから、その無用さを嘆くのは当然のことだと同情している。
- 大きな木を「無用」と決めつけること自体が、物事の一面しか見ていない浅はかな考え方だと諭している。
- この木は斧で切られることもなく、誰にも害されないのだから、実は最も「役に立つ」木なのだと逆説的に主張している。
【正解と解説】
正解:2
- 選択肢1:別の「使い道」を見つけるのではなく、「使い道がないこと」自体に価値を見出しているため、不適当。
- 選択肢2:◎ 「無用」であることが「斤斧に夭せられず(斧で切られない)」という結果につながり、それが結果的に天寿を全うさせるという、荘子の「無用の用」の思想を最も的確に説明している。
- 選択肢3:植え替える提案はしているが、それはあくまで具体例であり、荘子の思想の「本質」を説明するものではない。
- 選択肢4:道具を作るという実用的な考え方は、荘子の思想とは逆の方向性である。
- 選択肢5:人間の知恵の問題ではなく、「役に立つ」という価値観そのものを相対化している。
- 選択肢6:内容は正しいが、あくまで批判にとどまっている。荘子はそこからさらに進んで「無用であることの積極的な価値」を説いているため、2の方がより踏み込んだ説明と言える。
- 選択肢7:木を「道具」と見なすのは、実用的な見方であり、荘子の思想と合わない。
- 選択肢8:同情ではなく、むしろその「無用さ」を肯定的に捉え直している。
- 選択肢9:内容は正しいが、荘子が提示した「ではどう価値があるのか」という結論部分に触れていないため、説明としては不十分。
- 選択肢10:逆説的という点は正しいが、「最も役に立つ」と断定するより、「災いを免れ天寿を全うさせる価値」と具体的に説明している2の方が、より丁寧な解説である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:反語形「何ゾ~ざる」「安クンゾ~や」
- 勧誘・提案の反語:「何不~(何ぞ~ざる)」→ なぜ~しないのか、いや~すればよい。本文では、無用の木を無何有の郷に植えることを提案している。
- 疑問・詠嘆の反語:「安所~哉(安くんぞ~所あらんや)」→ どうして~だろうか、いや~ない。本文では、使い道がないからこそ苦しむはずがない、と結論づけている。
- 反語は単なる疑問ではなく、裏に強い主張が隠されていることを読み取るのが重要。
重要単語
- 患(うれ)ふ:心配する、悩む。
- 無何有之郷(むかうのさと):何物も存在しない、人為の及ばない理想郷。荘子の思想を象徴する場所。 * 逍遥(しょうよう):気の向くままに、ぶらぶらと自由気ままに歩き回ること。
- 斤斧(きんぷ):「斤」も「斧」も、おの(まさかり)のこと。人為的な害や、世間的な束縛の象徴。
- 夭(よう)す:若死にする、早く命を終える。ここでは木が若いうちに切られることを指す。
背景知識・思想:「無用の用(むようのよう)」
出典は『荘子』。世間一般の尺度で「役に立たない」とされるものにこそ、かえって大きな価値があるという荘子思想の核心的な考え方。実用的な価値(=用の用)ばかりを追い求めると、人は競争や束縛に苦しむことになる。それに対し、一見無用なものは、そうした災いから自由であり、ありのままの天寿を全うできる。これは、儒家の説く社会的な有用性とは全く異なる価値観を示している。