漢文対策問題 004(故事成語『矛盾』)
本文
楚人有鬻盾与矛者。誉之曰、「吾盾之堅、莫能陥也。」又誉其矛曰、「吾矛之利、於物無不陥也。」或曰、「以子之矛、陥子之盾、何如。」其人弗能応也。
【書き下し文】
楚人(そひと)に盾(たて)と矛(ほこ)とを鬻(ひさ)ぐ者有り。之(これ)を誉(ほ)めて曰く、「吾(わ)が盾の堅きこと、能(よ)く陥(とほ)すもの莫(な)きなり。」と。又(ま)た其(そ)の矛を誉めて曰く、「吾が矛の利きこと、物に於(お)いて陥さざる無きなり。」と。或(あ)るひと曰く、「子の矛を以(もっ)て、子の盾を陥さば何如(いかん)。」と。其(そ)の人(ひと)応(こた)ふること能(あた)はざりしなり。
【現代語訳】
楚の国の人で、盾と矛を売っている商人がいた。彼は自分の盾を褒めて、「私のこの盾は非常に堅固で、どんなものでも突き通せるものはない。」と言った。また、自分の矛を褒めて、「私のこの矛は非常に鋭利で、どんなものでも突き通せないことはない。」と言った。すると、ある人が尋ねた。「あなたのその矛で、あなたのその盾を突き通したならば、どうなるのか。」と。その商人は答えることができなかった。
【問題】
「其人弗能応也(其の人応ふること能はざりしなり)」とあるが、商人が答えられなかった根本的な理由として最も適当なものを、次の中から一つ選べ。
- 実際に試せば、盾か矛のどちらかが壊れてしまい、商品価値がなくなるから。
- 自分のついた嘘がばれそうになり、恥ずかしくなって黙ってしまったから。
- 「どんなものでも突き通す矛」と「どんな矛も通さない盾」という二つの説明が、論理的に両立しないことを指摘されたから。
- 客の質問があまりに鋭かったので、感心して言葉を失ってしまったから。
- 自分の商品を試すような失礼な客に対して、腹を立てて無視することにしたから。
- どちらも伝説の職人が作ったものであり、優劣をつけることなどできないと知っていたから。
- 矛と盾がぶつかり合えば、国が滅びるほどの衝撃が走ると言い伝えられていたから。
- その客が、自分の商売敵が差し向けた刺客であることに気づき、警戒して口を閉ざしたから。
- 自分の言っていることがおかしいと薄々感づいてはいたが、いざ指摘されると頭が真っ白になったから。
- そもそも盾と矛はセットで使うものであり、互いにぶつけ合うことなど想定していなかったから。
【正解と解説】
正解:3
- 選択肢1:それは商人としての現実的な懸念かもしれないが、答えに窮した「論理的」な理由ではない。
- 選択肢2:「嘘がばれそう」という点は近いが、なぜ嘘だとわかるのか、その根本原理を説明している3の方がより的確である。
- 選択肢3:◎ 「最強の矛」と「最強の盾」は、一つの世界に同時に存在できない。この話の核心である「論理的な自己撞着」を正確に指摘している。
- 選択肢4:感心したという記述はなく、文脈に合わない。
- 選択肢5:腹を立てたという記述はなく、文脈に合わない。
- 選択肢6:職人の話は本文になく、想像の域を出ない。
- 選択肢7:国が滅びるというような大げさな話は本文にない。
- 選択肢8:刺客云々の話は本文になく、想像の域を出ない。
- 選択肢9:商人の心理状態に踏み込みすぎた解釈。答えられなかった客観的な理由を説明している3が最も適切。
- 選択肢10:想定していなかったとしても、質問に答えられない理由にはならない。
【覚えておきたい知識】
重要句法:二重否定「~ざる無シ」と 全面否定「莫(な)ク」
- 二重否定:「無不陥也(陥さざる無きなり)」→ 陥さないものは無い →「必ず陥す、全て陥す」という強い肯定になる。漢文では頻出の表現。
- 全面否定:「莫能陥也(能く陥すもの莫きなり)」→ 陥せるものは無い →「絶対に陥せない、何ものも陥せない」という強い否定になる。「莫」は「~もの(こと・ひと)無し」と訳し、非常に強い否定を表す。
- この二つの強力な表現がぶつかり合っているのが、この話の面白さである。
重要単語
- 鬻(ひさ)ぐ:「売る」の意。現代ではあまり使われないが、漢文では散見される。
- 誉(ほ)む:「褒める」「自慢する」の意。
- 或(あ)るひと:特定ではない、誰かある人。「ある人が~」と訳す。
- 何如(いかん):「どうであるか」「どのようか」。相手に状態や意見を問う疑問詞。
- 弗(ず):「不」と同じく否定を表す助字。目的語を伴う動詞の否定によく使われる。ここでは「応(こた)ふること能(あた)は『ず』」の「ず」。
故事成語:「矛盾(むじゅん)」
この物語が語源。二つの物事が食い違っていて、つじつまが合わないことを指す。論理的な自己撞着(じこどうちゃく)の代名詞として、現代でも日常的に使われる言葉。出典は、法家思想(法律による統治を重んじる思想)の代表的な書物である『韓非子(かんぴし)』。