漢文対策問題 003(『論語』より 学びと思考)
本文
子曰、「学而不思則罔、思而不学則殆。」
【書き下し文】
子(し)曰(いわ)く、「学(まな)びて思(おも)はざれば則(すなは)ち罔(くら)し、思ひて学ばざれば則ち殆(あやう)し。」と。
(出典:『論語』為政篇)
【現代語訳】
先生(孔子)が言われた、「人から教えを受けるばかりで自分で深く考えなければ、物事の本質はつかめず曖昧なままだ。逆に、自分一人の考えだけで先人から学ばなければ、独断に陥り危険である。」と。
【問題】
孔子がここで説いている「学び」と「思考」の関係についての説明として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 学問だけをして自分の頭で考えないと、知識が身につかず、逆に、自分の考えだけで学問を疎かにすると、独りよがりで危険な思想に陥る。
- 学校で勉強さえしていれば、物事を深く考える必要はない。なぜなら、考えることは危険な思想につながるからである。
- 知識を増やすこと(学び)と、物思いにふけること(思考)は、どちらも精神を暗くし、危険な状態にするため、避けるべきである。
- まず考えることが大切であり、学問はその後でよい。なぜなら、学問から入ると、既存の知識に縛られて本質が見えなくなるからである。
- 学問と思考は、どちらか一方に集中すべきである。両方を行おうとすると、心が乱れてしまい、真理から遠ざかってしまう。
- 「罔し」とは物忘れが激しい状態であり、「殆ふし」とは病気がちになる状態のことで、バランスの悪い学習が健康を害すると警告している。
- 学ぶことは他者から得られる知識であり、思うことは自分の中から生まれる知恵であるから、両者は対立するものであり、決して両立しない。
- 知識を詰め込むだけの「学び」は無意味であり、自分だけで「思う」ことこそが真の知恵に至る道であると孔子は説いている。
- 師から教えを受ける「学び」と、自分で応用を「思う」ことは車の両輪のようなものであり、どちらが欠けても正しく前に進むことはできない。
- 孔子は、弟子たちが書物ばかり読んで実践を疎かにすることを「罔し」と批判し、実践ばかりで理論を学ばないことを「殆ふし」と戒めた。
【正解と解説】
正解:9
- 選択肢1:内容はほぼ正しいが、「知識が身につかない」という表現が「罔し(本質が見えず暗い)」のニュアンスを完全には捉えきれていない。9の「車の両輪」という比喩の方が、両者の補完関係をより的確に表現している。
- 選択肢2:× 「考える必要はない」という部分は本文の内容と完全に矛盾する。
- 選択肢3:× 学びと思考を否定的に捉えており、本文の趣旨とは全く逆である。
- 選択肢4:× 「まず考えることが大切」と順序をつけているが、本文は両者のバランスを説いており、優劣や順序を固定しているわけではない。
- 選択肢5:× 「どちらか一方に集中すべき」というのは、本文が最も戒めている点である。
- 選択肢6:× 「罔し」「殆ふし」を健康問題として解釈しており、誤りである。
- 選択肢7:× 両者が「対立する」「両立しない」という解釈は、本文の趣旨と真逆である。
- 選択肢8:× 「思うことこそが真の知恵」と、思考に偏った解釈をしており、学びを軽視しているため誤り。
- 選択肢9:◎ 「学び(インプット)」と「思考(プロセス・応用)」が相互に補完しあう不可分な関係であることを「車の両輪」と表現しており、本文の趣旨を最も的確に捉えている。
- 選択肢10:× 「実践」や「理論」という言葉は本文にはなく、やや拡大解釈である。本文はあくまで知識の習得と内省的な思考のバランスを説いている。
【覚えておきたい知識】
重要句法:順接「~則チ~」
- 意味:「~すると、その結果~」「もし~ならば、~」という、原因・結果や条件・帰結の関係を示す。英語の "If A, then B." や "When A, B." の構文に相当する。
- 本文の例:「学而不思則罔(学びて思はざれば則ち罔し)」→ (もし)学ぶだけで考えなければ、(その結果)本質がわからなくなる。
- 漢文では非常に頻出する構文。何が原因で、何が結果なのかを正確に把握することが読解の基本となる。
重要単語
- 学(まな)ぶ:単に知識を暗記することではない。書物や師から教えを受け、先人の知恵や規範を自分のものとして取り入れること。
- 思(おも)ふ:ぼんやり考えることではない。学んだ知識を自分なりに深く考え、吟味し、自分の血肉とすること。内省。
- 罔(くら)し:物事の道理がわからず、心が暗い状態。知識が整理されておらず、本質が見えていない状態。
- 殆(あやう)し:危険であること。根拠のない自分だけの考えに固執し、独断に陥る危険な状態。
背景知識:『論語』について
『論語』は、中国春秋時代の思想家、孔子とその弟子たちの言行を記録した書物。仁(思いやり)・義(正義)・礼(社会規範)・知(知恵)・信(信頼)といった徳目を基本とし、その後の東アジアの国々の思想や文化に絶大な影響を与えた。この一節は、知識のインプットと、それを自分なりに消化し応用する思考の両方が揃って初めて真の知恵となる、という孔子の教育観・学問観を端的に示している。