漢文対策問題 045(唐詩『春望』杜甫)
本文
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵万金
白頭掻更短
渾欲不勝簪
【書き下し文】
国(くに)破れて 山河(さん が)在り
城春にして 草木(さうもく)深し
時に感じては 花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす
烽火(ほうくわ) 三月(さんげつ)に連なり
家書(かしょ)は 万金(ばんきん)に抵(あた)る
白頭(はくとう) 掻(か)けば更に短く
渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す
【現代語訳】
国都は(反乱軍によって)破壊されてしまったが、山や川は昔のままに変わらず存在している。
城内にも春が訪れ、草や木が人の手入れもなく深く生い茂っている。
この戦乱の時世のありさまに心を動かされては、(美しく咲く)花を見ても(悲しみの)涙を流し、
家族との別離を悲しんでは、(楽しげに鳴く)鳥の声を聞いても(心が乱れ)はっと胸を痛ませる。
戦の狼煙(のろし)は三ヶ月もの間ずっと上がり続け、
(安否を知らせる)家族からの手紙は、万金にも値するほどに思える。
(悩みで)白くなった髪を掻きむしると、ますます抜け落ちて短くなり、
もはや(冠を留める)かんざしも挿せなくなりそうだ。
城内にも春が訪れ、草や木が人の手入れもなく深く生い茂っている。
この戦乱の時世のありさまに心を動かされては、(美しく咲く)花を見ても(悲しみの)涙を流し、
家族との別離を悲しんでは、(楽しげに鳴く)鳥の声を聞いても(心が乱れ)はっと胸を痛ませる。
戦の狼煙(のろし)は三ヶ月もの間ずっと上がり続け、
(安否を知らせる)家族からの手紙は、万金にも値するほどに思える。
(悩みで)白くなった髪を掻きむしると、ますます抜け落ちて短くなり、
もはや(冠を留める)かんざしも挿せなくなりそうだ。
【設問】
問1 前半四句(起聯・頷聯)における、自然の情景と作者の心情との関係はどのように描かれているか。最も適当なものを選べ。
- 荒廃した都と同じように、春になっても自然は全く生気がなく、作者の絶望を映し出している。
- 美しい春の自然の姿に、作者は心を癒され、戦乱の世にあって一時の安らぎを得ている。
- 人間の世界の惨状とは裏腹に、いつもと変わらず春を謳歌する自然の姿が、かえって作者の悲しみを一層深くしている。
- 移ろいやすい人の心と、決して変わることのない雄大な自然の永遠性とを、冷静に比較対照している。
- 自然も人間も、春の訪れと共に新たな希望を見出そうとしている、再生への期待が描かれている。
問2 後半四句(頸聯・尾聯)から読み取れる、作者の具体的な憂いの内容として、最も適当なものは何か。
- 長引く戦乱と、安否もわからない家族への尽きない思い、そしてそれによって心身ともに衰えていく自らの老いに対する嘆き。
- いつまで経っても届かない家族からの手紙に対する苛立ちと、自分を忘れたのではないかという家族への不信感。
- 戦に敗れ、捕虜となったことへの屈辱と、敵である反乱軍に対する激しい憎しみ。
- 白髪が増え、冠もつけられなくなるほど老い衰えていく自分の容姿が、単に情けないという悩み。
- 早く戦乱を終わらせて故郷に帰りたいが、それが叶わないことへの絶望と、自らの無力さに対する自己嫌悪。
【正解と解説】
問1:正解 3
- 選択肢1:「山河在り」「草木深し」とあるように、自然はむしろ生命力に満ちている。
- 選択肢2:「花に涙を濺ぎ」「鳥に心を驚かす」とあるように、癒されるどころか、かえって悲しみをかき立てられている。
- 選択肢3:◎ 「国破れて」という人間の悲劇と、「山河在り」「城春にして草木深し」という変わらない自然の営みとの対比が、この詩の根幹にある。美しい自然(花、鳥)が、悲しい心情(時を感じ、別れを恨む)と結びつくことで、その悲しみがより深く、鮮烈に表現されている。
- 選択肢4:冷静な比較対照ではなく、作者の深い感情が吐露されている。
- 選択肢5:希望ではなく、深い悲しみがうたわれている。
問2:正解 1
- 選択肢1:◎ 「烽火三月に連なり(長引く戦乱)」「家書は万金に抵る(家族への思い)」「白頭掻けば更に短く…(自らの老い)」という、後半四句の内容を過不足なく、かつ正確にまとめている。
- 選択肢2:不信感ではなく、手紙が来ないのは戦乱のせいだと理解しており、だからこそその価値を「万金」と表現している。
- 選択肢3:憎しみというよりは、悲しみが中心的な感情である。
- 選択肢4:単なる容姿の悩みではなく、憂いや心労が原因で老い衰えている、という内面的な嘆きである。
- 選択肢5:内容は詩の背景として正しいが、後半四句で直接うたわれている「戦乱の継続」「家族への思い」「自身の老い」という三つの要素を具体的にまとめた1の方が、より設問に即した答えとなる。
【覚えておきたい知識】
詩の形式:五言律詩(ごごんりっし)と対句(ついく)
- 五言律詩:一句が五文字で、八句から成る近体詩。押韻や平仄に厳しい決まりがある。特に、中ほどの四句(頷聯・頸聯)は対句を用いるのがルールとなっている。
- 対句:文法構造や意味のカテゴリーが対応する語句を対にして並べる技法。
- 頷聯(がんれん)(3・4句):「感時⇔恨別」「花⇔鳥」「濺涙⇔驚心」
- 頸聯(けいれん)(5・6句):「烽火⇔家書」「三月⇔万金」「連⇔抵」
重要単語
- 国(くに):ここでは国全体ではなく、唐の都・長安のこと。
- 濺(そそ)ぐ:(涙を)流す。
- 驚心(きょうしん):心が驚き乱れる。はっと胸を痛める。
- 烽火(ほうか):戦の合図の、のろし。戦争の象徴。
- 家書(かしょ):家族からの手紙。
- 抵(あた)る:価値が相当する。匹敵する。
- 白頭(はくとう):白髪頭。
- 渾(すべ)て:全く。とても。
- 簪(しん):冠を髪に留めるための「かんざし」。
- 勝(た)ふ:耐える。支える。ここでは「不勝」で「耐えられないだろう」の意。
背景知識:作者・杜甫(とほ)と安史の乱
杜甫は、李白と並び称される唐代最高の詩人。「詩仙」李白に対し、その誠実で社会性の強い作風から「詩聖(しせい)」と称される。この「春望」は、安禄山らが起こした大反乱「安史の乱」のさなか、反乱軍に占領された都・長安で、作者が捕虜同然の身であった時に詠まれた作品。国が破壊され、家族とも離れ離れになった絶望的な状況の中で、それでも巡ってくる春の美しい自然と、それとは裏腹な作者の深い悲しみが、見事な構成と対句表現でうたわれている。漢詩の最高傑作の一つとして、日本でも古くから愛唱されてきた。