漢文対策問題 044(故事成語『鶏口牛後』)
本文
蘇秦説韓王曰、「韓地険悪、山居、五穀所生、非菽而麦、民之所食、大抵雑以豆羹。…大王事秦、秦必求宜陽・成皋。今茲效之、明年又復請地。与則無地以給、不与則前功尽棄。…鄙諺曰、『寧為鶏口、無為牛後。』今大王資韓之強、而有事秦之名、臣窃為大王羞之。」
【書き下し文】
蘇秦(そしん)、韓王(かんおう)に説きて曰く、「韓の地は険悪(けんあく)にして山居し、五穀(ごこく)の生ずる所、菽(しゅく)と麦とに非(あら)ずんば、民の食らふ所、大抵(たいてい)豆羹(とうこう)を以て雑(まじ)ふ。…大王、秦に事(つか)へば、秦は必ず宜陽(ぎよう)・成皋(せいかう)を求む。今茲(ことし)之を効(いた)さば、明年又復(ま)た地を請はん。与ふれば則ち以て給する地無く、与へずんば則ち前功(ぜんこう)は尽(ことごと)く棄(す)てらる。…鄙諺(ひげん)に曰く、『寧(むし)ろ鶏口(けいこう)と為(な)るも、牛後(ぎゅうご)と為る無(な)かれ。』と。今、大王、韓の強きに資(よ)りて、而(しか)も秦に事ふるの名有るは、臣、窃(ひそ)かに大王の為に之を羞(は)づ。」と。
【現代語訳】
【設問】
問1 傍線部「寧ろ鶏口と為るも、牛後と為る無かれ」という諺が、韓王に対して伝えようとしているメッセージは何か。最も適当なものを選べ。
- 大きな牛の後についていくように、強大な国の指導者に従うのが安全である。
- 鶏の小さなくちばしでも、牛の大きな尻を突くことができるように、小国でも大国を打ち負かすことができる。
- たとえ小さな組織であっても、その長となる方が、大きな組織の末端で人に使われるよりはましである。
- 鶏と牛のように、全く性質の異なるものを比較しても意味がない。
- 鶏の口から出る言葉も、牛の尻から出る汚物も、どちらも価値がないものである。
問2 蘇秦がこの諺を用いて、韓王を説得しようとした最終的な目的は何か。文脈を踏まえて最も適当なものを選べ。
- 韓の国は、強大な秦の国に屈従するのをやめ、独立した国家としての誇りを保つべきだと説くため。
- 韓の国は、秦の国と同盟を結び、対等な立場で付き合うべきだと説くため。
- 韓の国は、豊かな土地を求めて、積極的に秦の国に攻め込むべきだと説くため。
- 韓の国の王は、自身のプライドを捨て、国と民のために秦の国に仕えるべきだと説くため。
- 韓の国の王は、まず国内の農業を発展させ、国力をつけることが先決だと説くため。
【正解と解説】
問1:正解 3
- 選択肢1:諺は「牛後と為る無かれ」と、牛の尻になることを明確に否定している。
- 選択肢2:鶏が牛を打ち負かす、というような下剋上の話ではない。
- 選択肢3:◎ 「鶏口」は、鶏という小さな集団の「口(かしら)」であること。「牛後」は、牛という大きな集団の「後(尻、末端)」であること。この対比から、「たとえ小集団でもトップに立つ方が、大集団の末端で使われるより良い」という価値観を的確に説明している。
- 選択肢4:比較して、どちらが良いかを明確に述べている。
- 選択肢5:価値の有無ではなく、組織内での立場の話である。
問2:正解 1
- 選択肢1:◎ 蘇秦は、韓王が「牛後」、つまり強大な秦の国の言いなりになっている現状を「羞づ」べきことだと指摘している。そして「鶏口」、つまり独立した小国の王としての誇りを持つべきだと説いている。これは、当時蘇秦が進めていた、秦に対抗するための合従策の一環である。
- 選択肢2:現状は「事へ」るという従属関係であり、対等な同盟ではない。
- 選択肢3:秦に攻め込むべきだとは言っていない。
- 選択肢4:「秦に事ふるの名有る」ことを「羞づ」べきだと説いており、真逆である。
- 選択肢5:農業の話は、韓の国が貧しいことを示す導入部分であり、それが結論ではない。
【覚えておきたい知識】
重要句法:比較・選択形「寧(むし)ろA、無(な)クB」
- 意味:「むしろAをしても、Bはするな」「Bするよりは、むしろAする方がよい」。二つのものを比較し、一方を強く選択し、もう一方を強く否定する形。
- 本文の例:「寧ろ鶏口と為るも、牛後と為る無かれ」→ たとえ鶏の口となっても、牛の尻となるな。
重要単語
- 蘇秦(そしん):戦国時代の遊説家。諸国を説いて回り、強国・秦に対抗するための同盟「合従策」を成功させたことで有名。
- 菽(しゅく):豆類の総称。
- 豆羹(とうこう):豆のあつもの。豆のスープ。
- 効(いた)す:献上する。差し出す。
- 鄙諺(ひげん):田舎のことわざ。卑近なたとえ。
- 鶏口(けいこう):鶏の口。小さな団体の長。
- 牛後(ぎゅうご):牛の尻。大きな団体の末端。
- 資(よ)る:頼みとする。あてにする。
- 窃(ひそ)かに:(へりくだって)内心では。こっそりと。
背景知識・故事成語:「鶏口と為るも牛後と為る無かれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ)」
出典は『史記』蘇秦列伝や『戦国策』。「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」とも言う。この故事は、戦国時代の遊説家・蘇秦が、韓王に強国である秦に従属する(連衡策)よりも、他の五国と連合して秦に対抗する(合従策)方が良いと説いた際のものである。「大きな組織や国の末端にいて人に使われるよりも、たとえ小さな組織でもその長として独立している方が良い」という意味で使われる。独立心や誇りを重んじる気概を示す言葉である。