漢文対策問題 043(『荘子』より 妻の死に歌う)
本文
荘子妻死。恵子弔之、荘子則方箕踞鼓盆而歌。恵子曰、「与人居、長子老身、死不哭、亦足矣。又鼓盆而歌、不亦甚乎。」荘子曰、「不然。察其始、而本無生。…変而有気、気変而有形、形変而有生。今又変而之死。是相与為春秋冬夏四時行也。…而我噭然随而哭之、自以為不通乎命、故止也。」
【書き下し文】
荘子(そうし)の妻死す。恵子(けいし)之を弔(とむら)ふに、荘子則(すなは)ち方(まさ)に箕踞(ききょ)し盆(ぼん)を鼓(こ)して歌ふ。恵子曰く、「人と与(とも)に居り、子を長じ身を老いしめ、死して哭(こく)せざるも、亦(ま)た足(た)れりとす。又盆を鼓して歌ふは、亦甚(はなはだ)しからずや。」と。荘子曰く、「然(しか)らず。其の始めを察すれば、本(もと)生無し。…変じて気有り、気変じて形有り、形変じて生有り。今又変じて死に之(ゆ)く。是(こ)れ相(あ)ひ与に春秋冬夏(しゅんかしゅうとう)の四時(しいじ)の行(めぐ)りと為(な)すなり。…而(しか)るに我噭然(きょうぜん)として随ひて之を哭せば、自ら以(おも)へらく命(めい)に通ぜずと。故に止(や)みしなり。」と。
【現代語訳】
【設問】
問1 恵子が荘子の行動を「甚しからずや(ひどすぎではないか)」と非難した理由として、最も適当なものを選べ。
- 荘子が悲しみのあまり、精神に異常をきたしてしまったと心配したから。
- 長年連れ添った妻の死に際して、悲しむどころか歌うという、常識外れで不謹慎な態度をとったから。
- 弔問に来た自分に対して、荘子が箕踞するという無礼な座り方をしていたから。
- 荘子が歌っていた歌の内容が、亡くなった妻を侮辱するような不快なものだったから。
- 妻の死を少しも悲しまない荘子の、人間としての冷酷さに腹を立てたから。
問2 荘子が、妻の死を嘆き悲しむのをやめた理由として挙げている、彼独自の死生観はどのようなものか。最も適当なものを選べ。
- 死は全ての苦しみからの解放であり、妻にとっては喜ばしいことだと考えたから。
- 人は死ねば、より良い来世に生まれ変わることができると信じているから。
- 人間の生と死は、春夏秋冬の四季が巡るように、万物が変化し続ける広大な自然のサイクルの一部にすぎないと捉えているから。
- 妻が死んだのは天が定めた変えられない運命であり、人間が悲しんでも無駄だと諦めているから。
- 亡き妻との思い出を心の中で大切にすることが、本当の供養になると考えているから。
【正解と解説】
問1:正解 2
- 選択肢1:心配しているというよりは、「亦甚しからずや」と強い口調で「非難」している。
- 選択肢2:◎ 「死して哭せざるも、亦た足れりとす(泣かないだけでも十分ひどいのに)」という言葉から、恵子が常識的な価値観(=妻の死は悲しみ、泣いて弔うべき)に基づいて荘子を非難していることがわかる。歌うという行為は、その常識から著しく逸脱した不謹慎なものと見なされた。
- 選択肢3:箕踞も無礼な態度ではあるが、非難の核心は「又盆を鼓して歌ふ」という、妻の死に対する態度そのものである。
- 選択肢4:歌の内容については本文に記述がない。
- 選択肢5:冷酷だと感じたのは事実だろうが、その根拠は「歌う」という常識外れの行動にある。その行動に焦点を当てた2の方がより的確である。
問2:正解 3
- 選択肢1:死を喜ばしいとまでは言っていない。あくまで自然な変化の一部と捉えている。
- 選択肢2:来世や生まれ変わりといった仏教的な思想は、ここには見られない。
- 選択肢3:◎ 「是れ相ひ与に春秋冬夏の四時の行りと為すなり」という一文が、荘子の死生観を端的に示している。個人の死を特別な悲劇と捉えず、四季の循環のような、宇宙全体の自然な変化(=物化)の一過程と見なす。この道理を理解すること(=命に通ず)で、彼は個人的な悲しみを超越したのである。 - 選択肢4:単なる諦めではなく、宇宙の法則を理解した上での積極的な肯定である。
- 選択肢5:思い出を大切にする、というような感傷的な話ではなく、より巨視的で哲学的な死生観である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:反語形「不亦A乎(またAならずや)」
- 意味:「なんとまあAではないか」。強い詠嘆や非難を表す反語表現。
- 本文の例:「不亦甚乎(亦甚しからずや)」→ なんとひどすぎではないか。
- ここでは、常識人の立場である恵子が、荘子の常軌を逸した行動に対して抱いた強い非難の気持ちを表している。
重要単語
- 恵子(けいし):荘子の友人であり、論敵。名家の思想家で、論理的な思考を重んじる。荘子の超俗的な思想に対し、常識的な立場からツッコミを入れる役回りでしばしば登場する。
- 弔(とむら)ふ:死者を悼み、遺族にお悔やみを述べること。
- 箕踞(ききょ):両足を前へ投げ出して座る、くだけた座り方。
- 盆(ぼん):ここでは土鍋や水がめのような素焼きの器。
- 哭(こく)す:大声で泣き叫ぶ。
- 芒芴(ぼうこつ):ぼんやりとして、はっきりしないさま。万物が生じる以前の混沌とした状態。
- 命(めい):天命。自然の法則。運命。荘子の文脈では、万物流転の摂理である「道」に近い。
- 通(つう)ず:精通する。深く理解する。
背景知識:荘子の死生観
出典は『荘子』至楽篇。儒教が、葬儀や服喪といった儀礼を通じて死別の悲しみを表現し、社会秩序を保とうとしたのに対し、道家の荘子は、生と死を対立するものと見なさなかった。万物は「気」の集散によって生成変化を繰り返すものであり、生も死もその自然な一過程にすぎないと考えた。したがって、死を過度に悲しむのは、自然の道理(命)を理解していないからだとされる。この逸話は、個人的な悲しみさえも、宇宙的な視点から乗り越えようとする、荘子のラディカルな思想を象徴する物語として有名である。