漢文対策問題 042(故事成語『五十歩百歩』)
本文
孟子対曰、「王好戦、請以戦喩。填然鼓之、兵刃既接、棄甲曳兵而走。或百歩而後止、或五十歩而後止。以五十歩笑百歩、則何如。」曰、「不可。直不百歩耳、是亦走也。」曰、「王如知此、則無望民之多於隣国也。」
【書き下し文】
孟子(もうし)対(こた)へて曰く、「王、戦ひを好む、請(こ)ふ戦ひを以て喩(たと)へん。填然(てんぜん)として之を鼓(こ)し、兵刃(へいじん)既に接(せっ)するに、甲(よろひ)を棄て兵を曳(ひ)きて走る。或(あるひ)は百歩にして後に止(や)み、或は五十歩にして後に止まる。五十歩を以て百歩を笑はば、則(すなは)ち何如(いかん)。」と。曰く、「可(ふ)かなり。直(た)だ百歩ならざるのみ、是(こ)れも亦(ま)た走るなり。」と。曰く、「王、如(も)し此れを知らば、則ち民の隣国より多からんことを望むこと無かれ。」と。
【現代語訳】
【設問】
問1 梁の恵王が「五十歩を以て百歩を笑ふ」ことを「不可なり」と判断した理由は何か。最も適当なものを選べ。
- 敵前逃亡は、逃げた距離にかかわらず、兵士として最も恥ずべき行為だから。
- 百歩逃げた者の方が、五十歩逃げた者よりも臆病だから。
- 五十歩しか逃げなかったのは、途中で疲れて止まってしまっただけだから。
- 戦いにおいては、百歩の差が生死を分ける重要な違いとなるから。
- 先に止まった五十歩の兵士は、百歩の兵士を笑う資格がないから。
問2 孟子がこの「五十歩百歩」のたとえ話を持ち出した真の目的は何か。最も適当なものを選べ。
- 王の戦争好きな性格を戒め、戦争の無意味さを説くため。
- 兵士の士気を高めるためには、厳罰をもって逃亡者を処罰すべきだと進言するため。
- 王の政治と隣国の政治は、程度に差はあれ、民を救えていない点では同じようなものだと気づかせるため。
- たとえ話を用いることで、難解な兵法の極意を王に分かりやすく伝えようとしたため。
- 王自身の判断力を試すことで、彼が名君の器であるかどうかを確かめようとしたため。
【正解と解説】
問1:正解 1
- 選択肢1:◎ 王のセリフ「直だ百歩ならざるのみ、是れも亦た走るなり(ただ百歩でなかっただけで、これも同じく逃げたことだ)」がその理由を明確に示している。逃げた距離の長短という「程度の差」はあれど、「敵前逃亡した(走る)」という「本質」は同じである、という王の判断を的確に説明している。
- 選択肢2:臆病さの程度ではなく、逃げたという行為そのものが問題とされている。
- 選択肢3:疲れたから、という理由は本文にない。
- 選択肢4:重要な違いではなく、本質的には同じだと王は判断している。
- 選択肢5:資格がないのは事実だが、その「理由」まで説明している1の方がより適切である。
問2:正解 3
- 選択肢1:戦争好きを話の導入には使っているが、戦争そのものを諌めているわけではない。
- 選択肢2:兵士の処罰については、全く言及していない。
- 選択肢3:◎ このたとえ話の前に、王は「自分は隣国の王より民のために尽くしているのに、なぜ民は自分を慕って集まってこないのか」と孟子に相談している。孟子は、王の政治も隣国の政治も、民を苦しめているという点では「五十歩百歩」であり、だから民が増えないのだと、王自身にたとえ話を通して気づかせようとしている。
- 選択肢4:兵法の話ではなく、民政の話である。
- 選択肢5:王を試すのではなく、王の悩みに答え、その政治の誤りを指摘している。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「Aを以てBとす」と「Aする無かれ」
- Aを以てBとす:ここでは「五十歩を以て百歩を笑はば」のように、「A(五十歩逃げたこと)を理由として、B(百歩逃げた者)を笑う」という意味で使われている。
- 禁止形「~こと無かれ」:「~してはならない」。強い禁止や戒めを表す。本文の最後で、孟子が王に結論を突きつける際に効果的に使われている。
重要単語
- 対(こた)ふ:(目上の人に対して)お答えする。
- 喩(たと)ふ:たとえる。
- 填然(てんぜん)として:(太鼓の音が)ドンドンと鳴り響くさま。
- 兵刃(へいじん):武器。ほことやいば。
- 甲(よろひ):鎧。
- 曳(ひ)く:引きずる。
- 直(た)だ~のみ:ただ~だけだ。限定の意を強める。
背景知識・故事成語:「五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)」
出典は『孟子』梁恵王上。この物語が語源となり、「わずかな違いはあっても、本質的には同じようなものである」という意味で使われる。特に、どちらも決して良くはない状態を指すことが多い。「どんぐりの背比べ」と似ているが、「五十歩百歩」はより非難や軽蔑のニュアンスを含むことがある。孟子は、為政者の悩みに答えるにあたり、相手の興味(ここでは戦争)に合わせた巧みな比喩を用いることで、相手に自らの非を気づかせようとした。これは、彼の優れた説得術を示す逸話として有名である。