漢文対策問題 036(故事成語『画竜点睛』)
本文
張僧繇於金陵安楽寺、画四竜於壁、不点睛。毎曰、「点睛即飛去。」人以為誕、固請点之。僧繇点其一竜。須臾、雷電破壁、一竜乗雲上天。其不点睛者、今皆在。
【書き下し文】
張僧繇(ちょうそうよう)、金陵(きんりょう)の安楽寺(あんらくじ)に於(お)いて、四竜(しりゅう)を壁に画(ゑが)くも、睛(ひとみ)を点ぜず。毎(つね)に曰く、「睛を点ぜば即(すなは)ち飛び去らん。」と。人以(おも)へらく誕(たん)なりと、固(かた)く之を点ぜんことを請(こ)ふ。僧繇、其の一竜を点ず。須臾(しゅゆ)にして、雷電(らいでん)壁を破り、一竜雲に乗りて天に上る。其の睛を点ぜざる者は、今皆(みな)在(あ)り。
【現代語訳】
(画家の)張僧繇が、金陵にある安楽寺で、壁に四頭の竜を描いたが、瞳だけは描き入れなかった。彼はいつも、「もし瞳を描き入れたなら、たちまち飛び去ってしまうだろう。」と言っていた。人々はそれをでたらめだと思い、ぜひとも瞳を描き入れるようにと、しきりに頼んだ。そこで張僧繇が、そのうちの一頭の竜に瞳を描き入れた。するとたちまち、雷が鳴り稲妻が光って壁を突き破り、その一頭の竜は雲に乗って天に昇っていった。(瞳を描き入れなかった)残りの竜は、今も皆そのまま壁に残っている。
【設問】
問1 張僧繇が、最初は竜に「睛を点ぜず(瞳を描き入れなかった)」のはなぜか。最も適当なものを選べ。
- まだ絵が完成しておらず、最後に瞳を描き入れる予定だったから。
- 瞳を描き入れることで、絵に生命が宿り、本当に飛び去ってしまうと信じていたから。
- 人々をからかって、自分の画の腕前がどれほどすごいかを自慢したかったから。
- 瞳の描き方だけは誰にも知られたくない、秘伝の技法だったから。
- 仏教寺院の壁に竜の絵を完成させると、不吉なことが起こると信じられていたから。
問2 この物語から生まれた「画竜点睛」という言葉は、現代ではどのような意味で使われるか。最も適当なものを選べ。
- 物事の最も重要な最後の仕上げを行い、それによって全体が完璧なものになること。
- ほとんど完成していた物事を、最後の一つのミスで台無しにしてしまうこと。
- 現実にはあり得ないような、大げさででたらめな話のこと。
- 芸術作品に魂を込めるという、芸術家の情熱や精神のこと。
- 一つのことをきっかけに、隠されていた才能や能力が一気に開花すること。
【正解と解説】
問1:正解 2
- 選択肢1:完成させたくなかったのではなく、完成させると「飛び去る」という結果を予見していた。
- 選択肢2:◎ 「睛を点ぜば即ち飛び去らん」という彼自身の言葉が、その理由を直接示している。彼は自分の絵に生命を吹き込む力があることを自覚しており、最後の仕上げである瞳を描き入れることで、絵が現実のものとなると考えていた。
- 選択肢3:からかったり自慢したりというよりは、真剣にその結果を案じている。
- 選択肢4:秘伝の技法であるという記述はない。
- 選択肢5:不吉なことが起こるというよりは、「飛び去る」という具体的な現象を述べている。
問2:正解 1
- 選択肢1:◎ 竜の絵は、瞳を描き入れる(点睛)という最後の仕上げによって、ただの絵から生きた竜へと完成した。このことから、物事を完成させるための、最後の最も重要なポイントや仕上げを指す言葉として使われる。「画竜点睛を欠く」という否定形で使われることも多い。
- 選択肢2:「画竜点睛を欠く」はこれに近いが、言葉そのものの意味は肯定的なものである。
- 選択肢3:人々は「誕なり(でたらめだ)」と思ったが、結果的に本当になったので、この意味にはならない。
- 選択肢4:意味合いは近いが、より具体的に「最後の重要な仕上げ」そのものを指すのが一般的。
- 選択肢5:才能の開花というよりは、物事の完成度に関わる言葉である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「Aば、則ちB」
- 意味:「もしAならば、Bするだろう」「Aすると、必ずBする」。仮定条件とその必然的な結果を示す。
- 本文の例:「睛を点ぜば即ち飛び去らん」→ もし瞳を描き入れたならば、必ず飛び去ってしまうだろう。
- この構文は、ある行為が特定の結末を引き起こすことを強く示す際に使われる。
重要単語
- 張僧繇(ちょうそうよう):南北朝時代の梁の国の画家。非常に画技に優れ、多くの伝説が残っている。
- 金陵(きんりょう):現在の南京。当時の梁の都。
- 睛(ひとみ):目の瞳。
- 点(てん)ず:点を打つ。描き入れる。
- 誕(たん)なり:でたらめである。偽りである。
- 固(かた)く:しきりに。強く。
- 請(こ)ふ:お願いする。求める。
- 須臾(しゅゆ)にして:たちまち。あっという間に。ほんのわずかな時間のうちに。
背景知識・故事成語:「画竜点睛(がりょうてんせい)」
出典は、唐の張彦遠が編纂した『歴代名画記(れきだいめいがき)』。この物語が語源となり、「物事の最も重要な部分」や「最後の肝心な仕上げ」を意味するようになった。また、その最後の仕上げが抜けているために、全体としていまひとつ物足りない状態を「画竜点睛を欠く」と言う。芸術作品の神髄や、物事を完成させるために不可欠な最後の一押しを象徴する言葉として、広く使われている。