漢文対策問題 029(『論語』より 生涯の学び)
本文
子曰、「吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩。」
【書き下し文】
子(し)曰く、「吾(われ)十有五(じふゆうご)にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命(てんめい)を知る。六十にして耳順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従ひて、矩(のり)を踰(こ)えず。」と。
【現代語訳】
先生(孔子)が言われた、「私は十五歳で学問に志を立てた。三十歳で(学問の基礎が固まって)自立した。四十歳で(物事の本質がわかり)迷うことがなくなった。五十歳で天が自分に与えた使命を悟った。六十歳で人の言葉を素直に聞けるようになった。七十歳になると、心の欲するままに行動しても、道理の道を外れることがなくなった。」と。
【問題】
孔子が七十歳で到達した「心の欲する所に従ひて、矩を踰えず」とは、どのような境地か。最も適当なものを選べ。
- 長年の修養の結果、自分の欲望と社会の規範(道理)とが完全に一体化し、自然な言動が全て道徳の基準に合致するようになった境地。
- もはや人間社会のあらゆる規則や道徳から解放され、誰に気兼ねすることなく、完全に自由に行動できるようになった境地。
- 自分の欲望を、厳しい道徳規範によって常に抑えつけ、決して道を外れないように自らを律している緊張感に満ちた境地。
- 年老いて、もはや物事に対する欲望そのものがなくなり、結果として道を外れる心配もなくなったという、無欲恬淡の境地。
- 自分の思うままに行動しても、それが自然と新しい時代の模範(矩)となるほどの、絶対的な権威を手に入れた境地。
- 人の意見を聞きすぎて迷うことがなくなった結果、自分の心の声だけを信じて行動できるようになった、自己信頼の境地。
- たとえ心の欲するままに行動しても、長年の経験から、危ない橋は渡らないという処世術が身についた境地。
- 天命を知ったことで、自分の欲望が天の意思と同じであると確信し、迷いなく行動できるようになった境地。
- どのような行動をとっても、弟子たちがうまく取り繕ってくれるので、何も心配する必要がなくなったという、安心立命の境地。
- 自分の心の中に確固たる道徳的規範(矩)ができたので、欲望が起きても、それに従うか従わないかを冷静に判断できるようになった境地。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ この境地の核心を的確に説明している。「心の欲する所に従う」という自由と、「矩を踰えず」という規範が、対立することなく完全に調和・一致している状態。これは、長年の修養によって、欲望そのものが道徳的な形に磨き上げられたことを意味する。孔子が目指した人格完成の最終段階である。
- 選択肢2:「矩を踰えず」の部分を無視しており、単なる放縦とは異なる。
- 選択肢3:「従心所欲」とあるため、欲望を抑圧しているのではなく、欲望のままに行動している。
- 選択肢4:欲望がなくなったのではなく、欲望と道徳が一致したのである。
- 選択肢5:新しい模範を作るというよりは、既存の道理と自分の心が一致したという内面的な境地である。
- 選択肢6:「耳順」は六十歳の境地であり、七十歳の境地はさらにその先にある。
- 選択肢7:処世術というような、世俗的な知恵ではない。より根源的な人格の完成を指す。
- 選択肢8:「天命を知る」は五十歳の境地。七十歳では、天命を知った上でさらに修養を積んだ結果が示されている。
- 選択肢9:他力本願な状態ではなく、あくまで孔子個人の内面的な到達点の話である。
- 選択肢10:冷静に判断するという段階(=まだ欲望と規範が分離している)ではなく、判断するまでもなく自然と行動が規範に合致する、というより高次の段階である。
【覚えておきたい知識】
孔子の生涯と学問の段階
この一節は、孔子が自身の精神的な成長過程を年齢と共に述べた、自伝的な言葉として非常に有名である。それぞれの年齢が特定の境地を示す言葉として、後世に大きな影響を与えた。
- 十五歳「志学(しがく)」:学問に志を立てる。
- 三十歳「而立(じりつ)」:学問の基礎が確立し、自立する。
- 四十歳「不惑(ふわく)」:物事の本質を捉え、迷いがなくなる。
- 五十歳「知命(ちめい)」:天から与えられた使命を自覚する。
- 六十歳「耳順(じじゅん)」:人の言葉を素直に聞けるようになる。
- 七十歳「従心(じゅうしん)」:心のままに行動しても道理に外れない。
重要単語
- 十有五(じゅうゆうご):十五。「有」は「と」と読み、端数を表す。
- 天命(てんめい):天が人間に与えた使命。宿命。
- 耳順(みみしたが)ふ:人の言うことを素直に聞き入れ、理解できること。反対意見にも腹を立てず、その真意を汲み取れる境地。
- 矩(のり):直角を測る定規(さしがね)。転じて、規則、手本、道徳的な基準。 * 踰(こ)ゆ:乗り越える。逸脱する。