漢文対策問題 028(故事成語『漁夫の利』)
本文
蚌方出曝、而鷸啄其肉。蚌合而箝其喙。鷸曰、「今日不雨、明日不雨、即有死蚌。」蚌亦謂鷸曰、「今日不出、明日不出、即有死鷸。」両者不肯相舎。漁者得而并擒之。
【書き下し文】
蚌(ぼう)、方(まさ)に出でて曝(さら)すに、鷸(いつ)、其の肉を啄(つい)ばむ。蚌合(がふ)して其の喙(くちばし)を箝(はさ)む。鷸曰く、「今日(こんにち)雨ふらず、明日(みょうにち)雨ふらずんば、即(すなは)ち死蚌(しぼう)有らん。」と。蚌も亦(ま)た鷸に謂ひて曰く、「今日出だされず、明日出だされずんば、即ち死鷸有らん。」と。両者(りょうしゃ)肯(あ)へて相(あ)ひ舎(す)てず。漁者(ぎょしゃ)、之を得て并(あは)せ擒(とら)ふ。
【現代語訳】
大きなハマグリ(ドブ貝)が、ちょうど殻から身を出して日光浴をしていたところ、シギがその身をついばんだ。ハマグリはさっと殻を閉じて、シギのくちばしを挟んでしまった。シギは言った、「今日も明日も雨が降らなければ、お前は干からびて死んだハマグリになるだろう。」と。ハマグリもまたシギに向かって言った、「今日も明日もここから出られなければ、お前は死んだシギになるだろう。」と。両者は互いに譲り合って放そうとはしなかった。そこへ漁師がやって来て、(争っている)両者をたやすく一緒に捕らえてしまった。
【問題】
この「蚌(ハマグリ)」と「鷸(シギ)」の争いの物語が、比喩的に示している教訓は何か。最も適当なものを選べ。
- 当事者同士が互いに譲らず、無駄な争いを続けていると、無関係の第三者に利益を横取りされ、結局両者ともども損をしてしまうということ。
- 自然界の掟は厳しく、常に油断していると、思わぬ敵に足元をすくわれてしまうという警告。
- 一度争い始めたら、たとえ相打ちになろうとも、決して諦めずに最後まで戦い抜くべきだという激励。
- 漁師のように、常に冷静に状況を観察していれば、労せずして利益を得るチャンスが巡ってくるということ。
- ハマグリとシギが互いに相手の弱点を的確に突いているように、交渉事はまず相手の弱みを把握することが重要だということ。
- 大きな利益を得るためには、時には危険を冒してでも、大胆に行動することが必要だということ。
- どんなに小さな争いでも、意地を張っているうちに、やがては命取りになるほどの大きな問題に発展することがあるという教え。
- 言葉で相手を威嚇し合っているだけでは問題は解決せず、最終的には実力のある者が全てを手に入れるという現実。
- ハマグリとシギが、漁師という共通の敵が現れたにもかかわらず、争いをやめられなかった愚かさ。
- 口先だけの脅し合いは無意味であり、最終的には天候のような、人間の力を超えた運命が勝敗を決めるということ。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ この寓話の核心を的確に説明している。二者(蚌と鷸)が互いに譲らず(不肯相舎)争っている間に、第三者(漁者)が何の苦労もなく両者を捕らえて利益を得る。この構造が「漁夫の利」の語源であり、主題である。
- 選択肢2:油断への警告というよりは、二者が争うこと自体の愚かさを指摘している。
- 選択肢3:最後まで戦い抜くことを肯定しておらず、むしろその結果として共倒れ(ここでは共捕獲)になることを示している。
- 選択肢4:漁師の視点に立った教訓ではなく、争っている当事者への教訓である。
- 選択肢5:交渉術の話ではなく、争いの結末がどうなるかという話である。
- 選択肢6:大胆な行動を推奨しているのではなく、その危険性を説いている。
- 選択肢7:内容は正しいが、この話の最も重要なポイントである「第三者の利」という要素が欠けている。
- 選択肢8:実力のある者(漁師)が勝つという側面はあるが、なぜそうなったかという原因(=二者の争い)に焦点を当てた1の方が、より本質的な説明である。
- 選択肢9:共通の敵が現れたから争いをやめるべき、という話ではなく、争っているからこそ第三者にやられる、という順序である。
- 選択肢10:運命が勝敗を決めたのではなく、漁師という具体的な存在が利益を得ている。
【覚えておきたい知識】
重要句法:否定形「肯(あ)へテ~ず」
- 意味:「進んで~しようとはしない」「承知しない」「あえて~しない」。単なる否定(不)よりも、話者の意志や感情が強く含まれる。
- 本文の例:「両者肯へて相ひ舎てず」→ 両者は(互いに意地になって)進んで放そうとはしなかった。
- この「肯へて~ず」が、両者の頑固さ、意地の張り合いという状況を効果的に表現している。
重要単語
- 蚌(ぼう):どぶがい。大きな二枚貝。
- 曝(さら)す:日光や風に当てること。
- 鷸(いつ):しぎ。水辺に住む、くちばしの長い鳥。
- 啄(つい)ばむ:(鳥がくちばしで)つついて食べること。
- 喙(くちばし):鳥のくちばし。
- 箝(はさ)む:はさむ。はさみつける。
- 舎(す)つ:放す。見捨てる。やめる。
- 漁者(ぎょしゃ):漁師。りょうし。
- 并(あは)せ:両方一緒に。ならべて。
- 擒(とら)ふ:生け捕りにする。とらえる。
背景知識・故事成語:「漁夫の利(ぎょふのり)」
出典は『戦国策』燕策。この物語が語源である。二つの国(者)が争っている間に、第三国(者)が何の苦労もなく利益を横取りすることのたとえ。この話は、戦国時代、趙の国が燕の国に攻め込もうとした際、弁士の蘇代が趙王を諌めるために用いた比喩である。趙(シギ)と燕(ハマグリ)が争えば、強国の秦(漁師)が両国を滅ぼして利益を得るだろう、と説いた。無益な争いをやめさせるための、巧みな外交辞令として使われた物語である。