漢文対策問題 025(故事成語『鹿を指して馬と為す』)
本文
趙高欲為乱、恐群臣不聴、乃先設験。持鹿献於二世、曰、「馬也。」二世笑曰、「丞相誤邪。謂鹿為馬。」問左右、左右或默、或言馬以阿順趙高、或言鹿者。高因陰中諸言鹿者以法。後群臣皆畏高。
【書き下し文】
趙高(ちょうこう)、乱を為(な)さんと欲し、群臣の聴かざるを恐れ、乃(すなは)ち先づ験(けん)を設く。鹿を持ちて二世(にせい)に献じ、曰く、「馬なり。」と。二世笑ひて曰く、「丞相(じょうしょう)誤れるか。鹿を謂(い)ひて馬と為す。」と。左右に問ふに、左右或(あるひ)は黙し、或は馬と言ひて以て趙高に阿順(あじゅん)し、或は鹿と言ふ者有り。高、因(よ)りて陰(ひそ)かに諸(もろもろ)の鹿と言ふ者を法を以て中(あた)る。後(のち)、群臣皆高を畏(おそ)る。
【現代語訳】
趙高は、反乱を起こそうと企んでいたが、家臣たちが自分に従わないのではないかと心配し、そこでまず彼らを試す策を講じた。彼は鹿を連れてきて二世皇帝に献上し、言った、「馬でございます。」と。二世皇帝は笑って言った、「丞相は間違えているのではないか。鹿を指して馬だなんて。」と。周りの家臣たちに尋ねると、ある者は黙り込み、ある者は趙高に媚びへつらって「馬です」と言い、またある者は正直に「鹿です」と言った。そこで趙高は、「鹿だ」と言った者たちを、法を適用してひそかに全員処罰した。この一件の後、家臣たちはみな趙高を恐れるようになった。
【問題】
趙高がわざわざ「鹿を指して馬と為す」という行動に出た、その真の目的は何か。最も適当なものを選べ。
- 誰が見ても明らかな嘘を押し通すことで、それに反対する者と、保身のために自分に同調する者をふるいにかけ、権力基盤を固めるため。
- 二世皇帝が、自分の言うことを鵜呑みにする愚か者か、それとも真実を見抜く賢君か、その器量を見極めるため。
- 宮廷の緊張した雰囲気を和らげるために、わざと突飛な行動をとって、人々を笑わせようとしたため。
- 自分には鹿を馬に変えるほどの不思議な力があるのだと見せつけ、群臣を畏怖させるため。
- 長年の無理がたたって精神に異常をきたし、本気で鹿と馬の区別がつかなくなってしまったため。
- 自分の息子である二世皇帝に、物事の本質を見抜く帝王学を教えるための、高度な教育的指導のため。
- 正直に「鹿だ」と答える勇気のある者を探し出し、彼らを味方につけて反乱を計画するため。
- 高価な馬を献上したと見せかけて、実は安い鹿でごまかそうとした、巧妙な詐欺行為のため。
- 群臣たちの間で意見を対立させ、彼らの団結を崩すことで、自分の支配を容易にするため。
- 自分がどれほど不条理なことを言っても、皇帝がそれを止める力がないことを群臣に見せつけ、皇帝の権威を失墜させるため。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ 本文冒頭の「乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐れ、乃ち先づ験を設く」という記述に完全に対応する。この行動は、自分に従う者とそうでない者を選別する「試験(験)」であった。真実を曲げてでも自分に同調する者だけを残し、反対勢力を粛清することで、反乱への下準備をするという目的を的確に説明している。
- 選択肢2:皇帝の器量を見極めるのではなく、群臣を試している。
- 選択肢3:人々を笑わせるような和やかな雰囲気ではなく、恐怖で支配しようとしている。
- 選択肢4:不思議な力ではなく、政治的な権力を見せつけている。
- 選択肢5:「験を設く」とあるように、計算された行動であり、錯乱ではない。
- 選択肢6:皇帝を教育するのではなく、簒奪を企んでいる。
- 選択肢7:正直者を味方にするのではなく、「陰かに之を法を以て中る」とあるように、処罰・排除している。
- 選択肢8:詐欺というよりは、公然たる権力誇示である。
- 選択肢9:団結を崩すという側面もあるが、より根本的な目的は、自分への絶対服従を強いることである。
- 選択肢10:皇帝の権威失墜も目的の一つだが、それを通じて自分の権力基盤を固め、最終的には反乱を起こすという全体の流れを説明している1の方が、より包括的で適切である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「Aを謂ひてBと為す」と「或いは~」
- Aを謂ひてBと為す:「AをBと言う」「AをBと見なす」。事実を捻じ曲げて主張するような文脈で使われることがある。
- 或いは~、或いは~:「ある者は~し、またある者は~する」。複数の異なる反応やグループを列挙する際に用いる。本文では群臣の三者三様の反応を描写している。
重要単語
- 趙高(ちょうこう):秦の始皇帝・二世皇帝に仕えた宦官。絶大な権力を握り、私利私欲の限りを尽くして、秦滅亡の原因を作ったとされる。
- 験(けん)を設(まう)く:試験を行う。試すための策を講じる。
- 二世(にせい):秦の二世皇帝・胡亥のこと。
- 丞相(じょうしょう):宰相。総理大臣。
- 阿順(あじゅん)す:相手に気に入られようと、媚びへつらって従うこと。
- 陰(ひそ)かに:秘密裏に。公にせず。
- 中(あた)る:罰する。罪に当てる。「法を以て中る」で「法によって処罰する」。
背景知識・故事成語:「鹿を指して馬と為す(しかをさしてうまとなす)」
出典は『史記』秦始皇本紀。「指鹿為馬(しろくいば)」とも言う。この故事から、権力を笠に着て、黒を白と言いくるめるように、無理に人を従わせることのたとえとして使われる。また、自分の権勢を確かめるために、わざと不条理なことを押し通してみせる行為を指す。趙高という権力者が、いかにして恐怖政治を敷き、反対者を排除していったかを象徴する逸話であり、権力の腐敗と乱用を示す代表的な故事成語となっている。