漢文対策問題 024(『列女伝』より 孟母断機)
本文
孟子之少也、既学而帰、孟母方績、問曰、「学何所至矣。」孟子曰、「自若也。」孟母以刀断其織。孟子懼而問其故。孟母曰、「子之廃学、若吾断斯織也。夫君子学以立名、問則広知。…今而廃之、是不免於廝役、而無以離於禍患也。」孟子懼、旦夕勤学不息、師事子思、遂成天下之名儒。
【書き下し文】
孟子(もうし)の少(わか)きや、既(すで)にして学んで帰る。孟母(もうぼ)方(まさ)に績(つむ)げるに、問ひて曰く、「学(がく)何(いづ)れの所に至れるや。」と。孟子曰く、「自若(じじゃく)たり。」と。孟母、刀を以て其の織(おり)を断つ。孟子懼(おそ)れて其の故(ゆゑ)を問ふ。孟母曰く、「子の学を廃するは、吾(わ)が斯(こ)の織を断つが若(ごと)し。夫(そ)れ君子は学ぶに以て名を立て、問ふに則(すなは)ち知を広む。…今にして之を廃せば、是(こ)れ廝役(しえき)を免(まぬか)れずして、以て禍患(くわかん)を離るる無きなり。」と。孟子懼れ、旦夕(たんせき)学に勤めて息(や)まず、子思(しし)に師事(しじ)し、遂(つひ)に天下の名儒(めいじゅ)と成る。
【現代語訳】
【問題】
孟子の母が、織っていた布を「刀を以て其の織を断つ」という行動に出たのはなぜか。その行動に込めた意図として、最も適当なものを選べ。
- 学問を途中で放棄することは、自分が織り上げてきたこの布を断ち切るのと同じくらい、それまでの努力を無にする愚かな行為だと、衝撃的な形で悟らせるため。
- 息子の生半可な態度に激怒し、感情の高ぶりのあまり、衝動的に手元の布を切りつけてしまったため。
- 息子が学問に集中できるよう、自分の仕事である機織りをやめて、これからは息子の教育に全てを捧げるという決意表明のため。
- 真面目に学ばないのなら、生活の糧であるこの布を断ち、親子共々路頭に迷う覚悟だということを示すため。
- 学問とは、古い伝統を断ち切るような、革命的な行為でなければならないという、学問の厳しさを教えるため。
- 息子のいい加減な返事を聞いて、子育てに失敗したと絶望し、自暴自棄になってしまったため。
- 息子が学問をやめても家の仕事を手伝う気がないと知り、家業を継がせることを諦めたという意思表示のため。
- 自分が機織りで苦労している姿を見せることで、息子に同情を誘い、勉強への意欲をかき立てさせるため。
- 「自若たり」という息子の返事を、学問を全て修めたという報告だと勘違いし、卒業祝いとして機織りをやめる儀式を行ったため。
- 機織りのような労働よりも、学問の方がはるかに尊いのだということを、言葉ではなく行動で示したため。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ 母の言葉「子の学を廃するは、吾が斯の織を断つが若し(あなたが学問をやめるのは、私がこの織物を断ち切るのと同じだ)」に完全に対応する。積み重ねてきた努力も、途中で放棄すれば全て無価値になるという教訓を、視覚的・衝撃的な比喩行動で示したものであり、これが核心である。
- 選択肢2:衝動的な怒りではなく、息子を諭すための計算された教育的パフォーマンスである。
- 選択肢3:自分が機織りをやめるという決意表明ではない。あくまで「たとえ」として断ち切っている。
- 選択肢4:親子で路頭に迷う覚悟、というよりは、息子が将来そうなってしまうことを警告している。
- 選択肢5:伝統を断ち切るという話ではなく、努力の継続の重要性を説いている。
- 選択肢6:自暴自棄ではなく、息子を正しい道に導こうとする強い意志の表れである。
- 選択肢7:家業の話は出てこない。
- 選択肢8:同情を誘うのではなく、厳しく諭している。
- 選択肢9:「自若たり」は「相変わらずです」程度の意味であり、勘違いではない。
- 選択肢10:労働と学問の比較ではなく、どのようなことであれ「継続が重要」という点を説いている。
【覚えておきたい知識】
重要句法:比況形「AはBの若(ごと)し」
- 意味:「AはBのようだ」。ある事柄を、別の具体的な事柄にたとえて説明する表現。
- 本文の例:「子の学を廃するは、吾が斯の織を断つが若し」→ あなたが学問をやめることは、私がこの織物を断ち切るのと同じようなものだ。
- この句法は、抽象的な教訓を分かりやすく示すため、寓話などで頻繁に用いられる。
重要単語
- 績(つむ)ぐ:糸をつむぐこと。転じて、機を織ることにも使う。
- 自若(じじゃく)たり:もとのままである。平然としている。ここでは「(特に進歩もなく)相変わらずです」というニュアンス。
- 故(ゆゑ):理由。わけ。
- 廃(はい)す:やめる。すたれさせる。途中で放棄する。
- 斯(こ)の:この。指示語。
- 廝役(しえき):身分の低い召使い。雑用係。
- 禍患(かかん):わざわい。災難。
- 旦夕(たんせき):朝と夕。転じて、朝から晩まで。常に。
- 子思(しし):孔子の孫。孟子はこの子思の学統から教えを受けたとされる。
背景知識・故事成語:「孟母断機(もうぼだんき)」
出典は、前漢の劉向が編纂した『列女伝(れつじょでん)』。「列女伝」は、古代中国の模範的な女性たちの伝記を集めた書物。この「孟母断機」の故事は、学問を途中でやめることの愚かさを教えるものであり、「学問の道も、一度断ち切ってしまえば、それまでの努力が水の泡になる」という教訓を示す。「孟母三遷(もうぼさんせん)」の故事と並び、孟子の母が教育熱心な母親の鑑(かがみ)として、後世に語り継がれる所以となった有名な逸話である。