漢文対策問題 023(『論語』より 仁と知)
本文
樊遅問仁。子曰、「愛人。」問知。子曰、「知人。」樊遅未達。子曰、「挙直錯諸枉、能使枉者直。」樊遅退、見子夏曰、「郷也吾見於夫子而問知、子曰、『挙直錯諸枉、能使枉者直。』何謂也。」子夏曰、「富哉言乎。舜有天下、選於衆、挙皐陶、不仁者遠矣。湯有天下、選於衆、挙伊尹、不仁者遠矣。」
【書き下し文】
樊遅(はんち)、仁を問ふ。子(し)曰く、「人を愛す。」と。知を問ふ。子曰く、「人を知る。」と。樊遅未(いま)だ達せず。子曰く、「直(なほ)きを挙げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)かば、能(よ)く枉れる者をして直からしむ。」と。樊遅退きて、子夏(しか)に見(まみ)えて曰く、「郷(さき)に吾(われ)夫子(ふうし)に見えて知を問ひしに、子曰く、『直きを挙げて諸れを枉れるに錯かば、能く枉れる者をして直からしむ。』と。何の謂(いひ)ぞや。」と。子夏曰く、「富(と)めるかな、言や。舜(しゅん)天下を有(たも)ちしに、衆(しゅう)に選び、皐陶(こうよう)を挙げしに、不仁(ふじん)の者は遠ざけり。湯(とう)天下を有ちしに、衆に選び、伊尹(いいん)を挙げしに、不仁の者は遠ざけり。」と。
【現代語訳】
【問題】
孔子がここで言う「知(人を知る)」の具体的な内容として、最終的に説明されているのはどのようなことか。最も適当なものを選べ。
- 人々の才能や徳性を正しく見抜き、正直で有能な人物を重要な地位に登用することで、社会全体を良い方向に導く能力。
- 全ての人を分け隔てなく愛し、その人の過ちや欠点までも許すことができる、慈悲深い心。
- 多くの人と知り合いになり、顔と名前を覚え、広い人脈を築くという社会的なスキル。
- 人の心の内を読み取り、次にどのような行動をするかを正確に予測することができる、洞察力。
- 人の長所だけでなく短所も知り尽くした上で、その人物を意のままに動かすことができる、政治的な駆け引きの技術。
- 多くの書物を読んで古の聖人の言行を学び、豊富な知識を身につけること。
- 不正を働く者を見つけ出し、彼らを厳しく罰することで、社会の秩序を維持する力。
- 言葉を交わすだけで、その人物が正直者か嘘つきかを見分けることができる、特殊な才能。
- 自分自身のことを客観的に知り、自分の長所と短所を正確に把握すること。
- 誰が味方で誰が敵であるかを的確に判断し、自分の身を守る処世術。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ 孔子の「直きを挙げて諸れを枉れるに錯く」という説明と、子夏の「舜が皐陶を、湯が伊尹を登用した」という具体例が、共に「正しい人物を見抜き、登用する」ことの重要性を示している。これにより「枉れる者」や「不仁者」が感化されたり遠ざかったりするという社会的な効果まで含んでおり、本文全体の趣旨を最も的確に説明している。
- 選択肢2:これは「仁(愛人)」の内容に近い。孔子は「仁」と「知」を区別して説明している。
- 選択肢3:広い人脈という表面的な話ではない。
- 選択肢4:行動予測というよりは、人物の徳性を見抜くことに焦点が当てられている。
- 選択肢5:人を動かす技術ではなく、社会を善導するための正しい人事について述べている。
- 選択肢6:豊富な知識という一般的な意味ではなく、ここでは特に「人を知る」という特定の知恵を指している。
- 選択肢7:罰するのではなく、正しい人物を登用することで、不正な者が「自ら正しくなるか、遠ざかる」という、より徳治主義的な考え方である。
- 選択肢8:特殊な才能というよりは、為政者に求められる実践的な能力として語られている。
- 選択肢9:「人を知る」とあるように、他者を知ることが主題である。
- 選択肢10:身を守るという自己本位な目的ではなく、社会全体を良くするという公的な目的のための「知」である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:使役形「AヲシテBしむ」
- 意味:「AにBさせる」。強制的に何かをさせる意。
- 本文の例:「能く枉れる者をして直からしむ」→ 不正直な者たちを(強制的に)正しくさせることができる。
- ここでは、正しい人物を上に置くという環境設定によって、下の者たちが正しくならざるを得なくなる、という状況を表している。
重要単語
- 仁(じん):儒教における最高の徳。慈愛。思いやり。
- 知(ち):知恵。知識。ここでは特に、人の善悪や才能を見抜く能力を指す。
- 樊遅(はんち):孔子の弟子。
- 子夏(しか):孔子の高弟の一人。文学に優れていたとされる。
- 直(なほ)き:正直なこと。まっすぐなこと。
- 枉(まが)れる:曲がっていること。不正直なこと。
- 錯(お)く:置く。配置する。
- 富(と)めるかな:なんと豊かで奥深いことか。感嘆の言葉。
- 皐陶(こうよう)・伊尹(いいん):それぞれ古代の聖王である舜・湯に仕えた伝説的な賢臣。
背景知識:儒教における「仁」と「知」
出典は『論語』顔淵篇。「仁」が人間愛という儒教の根本理念であるのに対し、「知」はそれを社会で実現するための具体的な知恵や能力を指す。特に為政者にとって、「人を知る」という能力は極めて重要とされた。なぜなら、誰が有能で徳があるかを見抜けなければ、正しい人物を登用できず、結果として国が乱れ、民を愛するという「仁」の実践が不可能になるからである。この章句は、「仁」と「知」が車の両輪のように重要であることを示している。