漢文対策問題 022(『史記』より 人を見かけで判断する)

本文

澹台滅明、字子羽。状貌甚悪。欲事孔子、孔子以為材薄。既已、南游至江、従弟子三百人、設取予去就、名施乎諸侯。孔子聞之、曰、「吾以言取人、失之宰予。以貌取人、失之子羽。」

【書き下し文】
澹台滅明(たんだいめつめい)は、字(あざな)は子羽(しう)。状貌(じょうぼう)甚(はなは)だ悪(にく)し。孔子に事(つか)へんと欲す。孔子、以(おも)へらく材薄(うす)しと。既(すで)にして已(や)み、南のかた江に遊びて至り、弟子三百人より従ひ、取予(しゅよ)去就(きょしゅう)を設け、名は諸侯に施(し)かる。孔子之を聞きて、曰く、「吾(われ)言(げん)を以て人を取り、之を宰予(さいよ)に失す。貌(ばう)を以て人を取り、之を子羽に失す。」と。

【現代語訳】
澹台滅明は、字(あざな)を子羽という。彼は容貌が非常に醜かった。孔子に弟子入りして仕えたいと願ったが、孔子は(その見た目から)彼の才能はきっと乏しいだろうと思った。その後、彼は(孔子のもとを去り)、南方の長江流域を旅し、三百人もの弟子を引き連れるようになり、物事のやり取りや進退についての作法を確立し、その名声は諸侯の間に広まった。孔子はこのことを聞いて、言った、「私はかつて(弁舌が巧みだという)言葉で人を判断し、(昼寝ばかりしていた弟子の)宰予について評価を誤った。そして今また、(醜いという)見た目で人を判断し、この子羽についても評価を誤ってしまった。」と。

【問題】

孔子が「貌を以て人を取り、之を子羽に失す」と嘆いたのはなぜか。その理由として最も適当なものを選べ。

  1. 醜い容貌から子羽の才能を低いと判断したが、後に彼が多くの弟子を持つ立派な人物になったと聞き、自分の人を見る目が節穴であったと反省したから。
  2. 子羽が、孔子の許しを得ずに勝手に独立し、自分と同じように弟子を集めていたことに腹を立てたから。
  3. 才能がないと思っていた子羽が、孔子の名前を利用して有名になっていたことを知り、不快に思ったから。
  4. 宰予と子羽という、期待していた二人の弟子が、結局どちらも自分の教えに背いてしまったことを悲しんだから。
  5. 子羽の才能を最初から見抜いていたのに、あえて厳しい評価を下すことで、彼の奮起を促すという教育的指導が成功したと喜んでいるから。
  6. 容貌の醜さで人を判断してはならないと弟子に教えていたのに、自分自身がその過ちを犯してしまったことを恥じているから。
  7. 子羽が自分のもとを去った後、彼ほどの才能を持つ弟子が一人も現れなかったことを後悔しているから。
  8. 子羽が成功したのは、南方の地が彼に合っていたからであり、自分の指導力不足ではなかったと安心しているから。
  9. 言葉で人を判断しても、見た目で人を判断しても、結局は間違うのだから、人を評価すること自体の無意味さを悟ったから。
  10. 才能がありながらも見た目が醜い子羽と、弁舌は立つが見た目がだらしない宰予の二人に、ほとほと手を焼いているから。
【正解と解説】

正解:1

  • 選択肢1:◎ 「状貌甚悪」→「以為材薄」という当初の低い評価と、「従弟子三百人、名施乎諸侯」という後の大成。この対比を前に、孔子が自らの判断ミス(=失す)を認めた、という本文の流れを最も素直に説明している。
  • 選択肢2:腹を立てたという記述はなく、むしろ自分の過ちを嘆いている。
  • 選択肢3:孔子の名前を利用したという記述はない。
  • 選択肢4:宰予は期待を裏切ったかもしれないが、子羽は孔子が評価しなかっただけで、大成している。二人を同列に扱うのは誤り。
  • 選択肢5:奮起を促すために厳しくしたという記述はなく、本気で「材薄し」と思っていた。喜んでいるのではなく、嘆いている。
  • 選択肢6:内容は正しいかもしれないが、本文から直接読み取れるのは、まず「自分の判断が間違っていた」という事実認識であり、1の方がより直接的である。
  • 選択肢7:子羽ほどの才能、とまでは言っておらず、あくまで「才能は乏しいと思っていたのに、そうではなかった」という認識の誤りが主題。
  • 選択肢8:安心しているのではなく、自分の過ちを嘆いている。
  • 選択肢9:「人を評価すること自体の無意味さ」まで言及するのは拡大解釈。あくまで「言葉や見た目という表面的な基準で判断すること」の危険性を言っている。
  • 選択肢10:手を焼いているのではなく、自分の判断ミスを反省している。
【覚えておきたい知識】

重要句法:「Aを以てBを取る」

  • 意味:「Aを基準・手段としてBを判断・評価・選抜する」。
  • 本文の例①:「言を以て人を取る」→ 言葉(弁舌の巧みさ)で、その人物を評価する。
  • 本文の例②:「貌を以て人を取る」→ 容貌(見た目)で、その人物を評価する。
  • この句法は、判断の基準が何であるかを明確に示す際に用いられる。

重要単語

  • 澹台滅明(たんだいめつめい):孔子の弟子。字は子羽。
  • 字(あざな):元服(成人)の際につけられる、本名とは別の通称。
  • 状貌(じょうぼう):顔つきや姿。容貌。
  • 悪(にく)し:醜い。見苦しい。
  • 事(つか)ふ:仕える。弟子になる。
  • 材薄(ざいうす)し:才能が乏しい。
  • 取予去就(しゅよきょしゅう):物を与えたり受け取ったり、あるいは出処進退についての作法・ルール。
  • 宰予(さいよ):孔子の弟子。弁舌に長けたが、昼寝を咎められるなど、素行には問題があったとされる人物。
  • 失(しっ)す:失う。ここでは「判断を誤る」「評価を間違える」の意。

背景知識・故事成語:「貌を以て人を取り、之を子羽に失す」

出典は『史記』仲尼弟子列伝。この言葉は、聖人として知られる孔子ですら、人の内面を完全に見抜くことはできず、見た目という表面的な情報で判断を誤ることがあった、という人間的な一面を示す逸話として有名。「貌を以て人を取る」は、現代でも「人を見かけで判断する」という意味で使われる。孔子はこの言葉に続けて、口がうまいというだけで宰予を評価して失敗したことにも触れており、言葉や見た目といった外面だけで人を判断することの危うさを、自らの失敗をもって後世に伝えている。

レベル:共通テスト対策|更新:2025-07-23|問題番号:022