漢文対策問題 021(『公孫竜子』より 白馬非馬論)
本文
曰、「『白馬非馬』、可乎。」曰、「可。」曰、「何哉。」曰、「馬者、所以命形也。白者、所以命色也。命色者、非命形也。故曰、『白馬非馬』。」
【書き下し文】
曰(いわ)く、「『白馬(はくば)は馬に非(あら)ず』とは、可(か)なるか。」と。曰く、「可なり。」と。曰く、「何(なん)と為(す)ればぞ。」と。曰く、「馬とは、形(けい)を命(めい)ずる所以(ゆゑん)なり。白とは、色(しょく)を命ずる所以なり。色を命ずる者は、形を命ずる者に非ざるなり。故(ゆえ)に曰く、『白馬は馬に非ず』と。」
【現代語訳】
ある人が尋ねて言った、「『白馬は馬ではない』という主張は、成り立ちますか。」と。(公孫竜は)答えて言った、「成り立ちます。」と。尋ねる人が言った、「それはどうしてですか。」と。(公孫竜は)答えて言った、「『馬』という言葉は、(馬という)形状を指し示すためのものです。『白』という言葉は、(白という)色彩を指し示すためのものです。色彩を指し示す言葉は、形状を指し示す言葉とは異なります。だから、『(「白」という色彩の概念と「馬」という形状の概念が合わさった)白馬という概念は、(単に「馬」という形状の概念を指す)馬という概念とは異なる』と言えるのです。」
【問題】
公孫竜が「白馬は馬に非ず」という主張を「可なり(成り立つ)」とした論理の根幹は何か。最も適当なものを選べ。
- 「馬」という言葉が指す集合と、「白馬」という言葉が指す集合は、完全に一致しないため、両者は別の概念であるとする、言葉の定義に基づいた論理。
- 白馬は神聖な生き物であり、普通の馬とは区別されるべき特別な存在であるという、当時の思想に基づいた主張。
- 言葉遊びによって相手を混乱させ、議論に勝利することを目的とした、意図的な詭弁。
- 白い馬はアルビノであり、生物学的には通常の馬と異なるため、別の生き物であるとする科学的な分析。
- 「馬」と言えばどんな色の馬も含まれるが、「白馬」と言えば白い馬しか含まれないため、指し示す範囲が違うという指摘。
- 馬という存在は形を持つ実体だが、白という色は実体を持たないため、両者を同列に語ることはできないという哲学的な考察。
- そもそも、言葉と現実は必ずしも一致しないのだから、「白馬は馬ではない」という主張もまた許されるという、相対主義的な考え方。
- 「馬」という漢字と「白」という漢字は成り立ちが異なるため、二つを合わせた「白馬」もまた「馬」とは異なるとする、文字学的な解釈。
- 常識を疑うことこそが哲学の始まりであり、あえて非常識な主張をすることで、人々の思考を活性化させようとする教育的な意図。
- 「馬」という概念は「形状」だけを指すのに対し、「白馬」という概念は「形状」と「色彩」の両方を含むため、二つの概念は同一ではないとする分析。
【正解と解説】
正解:10
- 選択肢1:内容は正しいが、集合論という近代的な用語を使っている。本文の言葉遣い(形・色)に、より忠実な10の方が適当である。
- 選択肢2:神聖な生き物であるという思想は本文にない。
- 選択肢3:詭弁と切り捨てるのは、彼の論理を理解しようとしていない。彼はあくまで独自の論理体系に基づいて主張している。
- 選択肢4:古代の思想であり、近代的な生物学の分析ではない。
- 選択肢5:指し示す範囲の違いも論理の一部だが、本文が「形」と「色」という言葉で説明していることに着目すると、10の方がより直接的な説明となる。
- 選択肢6:実体の有無というよりは、「言葉(概念)」の定義の違いを問題にしている。
- 選択肢7:相対主義的な考え方というよりは、厳密な論理を追求した結果である。
- 選択肢8:文字の成り立ちではなく、言葉が指し示す「概念」の話である。
- 選択肢9:教育的な意図があったかもしれないが、本文で述べられているのはあくまでその「論理」である。
- 選択肢10:◎ 本文の「馬とは、形を命ずる所以なり。白とは、色を命ずる所以なり」という説明に完全に基づいている。「馬」という概念=「形状」と、「白馬」という概念=「形状+色彩」は、構成要素が異なるため、同一ではない。この、言葉とそれが指し示す概念の分析こそが、彼の論理の根幹である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「AはBする所以(ゆゑん)なり」
- 意味:「AはBするためのものである」「AはBという手段である」。
- 本文の例:「馬者、所以命形也(馬とは、形を命ずる所以なり)」→ 「馬」という言葉は、「形」を名付ける(指し示す)ための手段である。
- 「所以」は「理由(~のゆえんは)」という意味で使われることも多いが、ここでは「手段・方法」の意味で使われている。文脈による判断が重要。
重要単語
- 可(か)なり:よい。可能である。成り立つ。ここでは論理的に成立するという意味。
- 命(めい)ず:名付ける。指し示す。定義する。
- 形(けい):かたち。形状。
- 色(しょく):いろ。色彩。
- 所以(ゆゑん):①理由・わけ。②手段・方法。ここでは②。
背景知識・思想:「白馬非馬論(はくばひばろん)」
中国戦国時代の諸子百家の一つ、「名家(めいか)」の代表的思想家、公孫竜(こうそんりゅう)が立てた有名な命題。名家は、言葉(名)とそれが指し示す実体(実)との関係を分析し、論理学的な思弁を深めた学派。「白馬非馬論」は、「白い馬はもちろん馬の一種である」という常識を否定するものではない。そうではなく、「『白馬』という言葉(概念)は、『馬』という言葉(概念)とイコールではない」という、論理学・意味論上の主張である。これは、言葉の定義を厳密に突き詰めていく思考実験であり、西洋のソフィスト(詭弁家)としばしば比較されるが、古代中国における論理学の発展を示す重要な事例である。