漢文対策問題 020(故事成語『守株』)
本文
宋人有耕田者。田中有株。兎走、触株折頸而死。因釈其耒而守株、冀復得兎。兎不可復得、而身為宋国笑。今欲以先王之政、治当世之民、皆守株之類也。
【書き下し文】
宋人(そうひと)に田を耕す者有り。田中に株(くいぜ)有り。兎(うさぎ)走りて、株に触れ頸(くび)を折りて死す。因(よ)りて其の耒(すき)を釈(す)てて株を守り、復(ま)た兎を得んことを冀(こひねが)ふ。兎は復た得べからずして、身は宋国(そうこく)の笑ひ為(と)なる。今、先王(せんわう)の政(まつりごと)を以(もっ)て、当世(たうせい)の民を治めんと欲するは、皆株を守るの類(たぐひ)なり。
【現代語訳】
宋の国に、畑を耕している男がいた。畑の中に切り株があった。ある時、一匹の兎が走ってきて、その切り株にぶつかり、首の骨を折って死んでしまった。(労せずして兎を手に入れた男は)そこで手にしていた鋤を捨てて、切り株の番をし、また兎が手に入ることを願った。しかし、兎が再び手に入ることはなく、男自身は宋の国中の笑い者になった。今、古代の聖王たちの(その時代には有効だった)政治手法をもって、現在の人民を治めようとする者たちは、みなこの切り株を見張っている農夫と同じ類である。
【問題】
筆者が「株を守る」という農夫の逸話を通して、本当に批判しようとしていることは何か。本文の最後の文に基づいて、最も適当なものを選べ。
- 偶然の幸運を、いつまでも再現可能な法則だと勘違いし、古い慣例に固執して新しい時代に対応できないこと。
- 農夫が、地道に畑を耕すという本来の仕事を放棄して、楽をして利益を得ようとした怠惰な心。
- 一度うまくいった成功体験にこだわりすぎて、同じ失敗を何度も繰り返してしまう人間の愚かさ。
- 兎が切り株にぶつかって死ぬという、あり得ないような出来事を信じてしまう、人間の純粋さ。
- 昔の王様の政治は立派だったが、今の時代の人民は堕落してしまったので、もはや同じやり方は通用しないという嘆き。
- 兎を手に入れたいのなら、切り株で待つのではなく、積極的に罠を仕掛けるなどの工夫をすべきだということ。
- 一つの場所にとどまらず、次々と新しい切り株を探しに行くべきだという、行動力の大切さ。
- 国中の笑い者になってもなお、自分の信念を曲げずに兎を待ち続けた、農夫の不屈の精神。
- 幸運は一度しか訪れないのだから、手に入れた兎をすぐに食べてしまうべきだったという、機を逃すことへの警告。
- 古代の聖王の政治が、現代では通用しないことを理解せず、それを理想とし続ける儒家などの思想家たち。
【正解と解説】
正解:10
- 選択肢1:内容は正しいが、この逸話が誰に対する「たとえ」なのかという、筆者の明確な批判対象にまで言及していない。
- 選択肢2:それは逸話の表面的な教訓であり、筆者が本当に言いたい政治批判ではない。
- 選択肢3:失敗を繰り返しているのではなく、成功をもう一度得ようとしている。
- 選択肢4:純粋さではなく、愚かさを笑う話である。
- 選択肢5:人民が堕落したと嘆いているのではなく、時代そのものが変わったのだから、政治も変えるべきだと主張している。
- 選択肢6:工夫すべきだという教訓も読み取れるが、本文が最後に明示しているのは、あくまで政治に対する批判である。
- 選択肢7:新しい切り株を探すという発想は、本文の趣旨(=過去の成功例に固執するな)とは異なる。
- 選択肢8:不屈の精神として肯定的に描かれてはおらず、「笑ひ為となる」と否定的に描かれている。
- 選択肢9:機を逃すことへの警告ではない。
- 選択肢10:◎ 本文最後の「今、先王の政を以て、当世の民を治めんと欲するは、皆株を守るの類なり」という一文に完全に対応する。筆者である韓非子が、古い慣習や前例を重んじる儒家を批判し、時代に合わせた法による統治を主張した、という背景に最も合致する。1の内容を包含し、さらに具体的な批判対象まで踏み込んでいるため、これが最も適当な答えとなる。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「AはBの類(たぐひ)なり」
- 意味:「AはBの仲間・同類である」。二つのものが、本質的に同じ種類のものであると結びつける表現。
- 本文の例:「皆株を守るの類なり」→ (先王の政治に固執する為政者たちは)みな、切り株を見張る農夫の仲間である。
- この句法は、寓話(たとえ話)の結論部分で、その話が何についてのたとえなのかを明示するためによく使われる。
重要単語
- 株(くいぜ):切り株。木の根元。
- 耒(すき):土を掘り起こす農具。
- 釈(す)つ:捨てる。手放す。
- 冀(こひねが)ふ:強く願う。切望する。
- ~為(と)なる:~になる。ここでは「笑ひ為となる」で「笑い者になる」。
- 先王(せんおう):古代の徳のある理想的な王。主に儒家が理想とする伝説上の尭・舜などを指す。
- 政(まつりごと):政治。統治。
- 当世(たうせい):今の世の中。現代。
背景知識・故事成語:「株を守りて兎を待つ(くいぜをまもりてうさぎをまつ)」
出典は『韓非子』五蠹篇。「守株(しゅしゅ)」とも言う。この故事から、「古い習慣や考えに固執し、時代の変化に対応できないこと」や、「偶然の成功体験に味をしめ、何の努力もせずに幸運が再び舞い込むのを待つ愚かさ」のたとえとして使われる。法家思想の代表者である韓非子が、時代遅れの儒家の教えを批判するために用いた寓話の一つであり、現実の変化に対応した法制度の重要性を説く文脈で語られている。