漢文対策問題 014(故事成語『先づ隗より始めよ』)
本文
昭王曰、「寡人将誰為師。」郭隗曰、「古之人君、有以千金求千里馬者。馬已死、買其首五百金而帰。君曰、『死馬且買之、況生者乎。』不期年、千里馬至者三。今王誠欲致士、先従隗始。隗且見事、況賢於隗者乎。豈遠千里哉。」
【書き下し文】
昭王(しょうおう)曰く、「寡人(かじん)将(まさ)に誰をか師と為(な)さん。」と。郭隗(かくかい)曰く、「古(いにしへ)の人君(じんくん)に、千金(せんきん)を以(もっ)て千里(せんり)の馬を求むる者有り。馬已(すで)に死す、其の首(かうべ)を五百金(ごひゃっきん)に買ひて帰る。(これを見た人々、君の言を伝へて)曰く、『死馬(しば)すら且(か)つ之を買ふ、況(いは)んや生ける者をや。』と。期年(きねん)ならずして、千里の馬至る者三つ。今、王誠(まこと)に士を致さんと欲せば、先(ま)づ隗(かい)より始めよ。隗すら且つ事(つか)へらる、況んや隗より賢(まさ)れる者をや。豈(あ)に千里を遠しとせんや。」と。
【現代語訳】
(燕の)昭王が言った、「私は一体誰を先生としてお迎えすればよいだろうか。」と。郭隗が答えて言った、「昔の君主で、千金という大金で一日に千里を走る名馬を求めた者がおりました。(派遣された家来は)しかし馬がすでに死んでいたので、その首を五百金で買って帰りました。人々はこれを見て言いました、『(あの君主は)死んだ馬でさえあんな大金で買うのだ。ましてや生きている名馬なら、どれほど高値で買ってくれることだろう。』と。すると一年も経たないうちに、千里を走る名馬が三頭も集まりました。今、王が本気で優れた人材を招きたいとお望みでしたら、まずこの私、隗を優遇することからお始めください。私のような者でさえ重用されると知れ渡れば、ましてや私より優れた人物は(『自分ならもっと厚遇されるはずだ』と期待するでしょう)。どうして千里の道を遠いと思うでしょうか、いや、遠いと思わずに続々とやって来るに違いありません。」と。
【問題】
郭隗が昭王に「先づ隗より始めよ」と進言した真の目的は何か。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- まず手近な自分を優遇してみせることで、「あの程度の人物でもあれほど厚遇されるなら」と天下の賢人たちに期待させ、人材を呼び込むための広告塔になるという策。
- 自分こそが王の師に最もふさわしい人間だと自負しており、遠回しな表現で自分を売り込んでいる。
- 王が本気で人材を求めているかどうか、まず自分を試用させてその覚悟のほどを試そうとしている。
- 何事もまずは身近なことから始めるべきだという、物事の順序の大切さを王に説いている。
- 自分が王に重用されることで、自分の一族や子分たちを芋づる式に登用してもらおうと企んでいる。
- 死んだ馬の話をすることで、才能があっても死んでしまっては意味がないと、人材登用を急ぐよう王をせかしている。
- 自分のような平凡な人間でも、王が師と仰げば立派な人物になれるという可能性を示そうとしている。
- 王に恥をかかせないよう、まずは自分のような失敗しても構わない人間を相手に、人材登用の練習をさせたがっている。
- 遠くの賢人を招くよりも、近くにいる忠実な臣下を大切にすることの方が重要だと、王の考えを改めさせようとしている。
- 自分を優遇してくれれば、自分の人脈を駆使して優れた人材を王のもとへ連れてくると、取引を持ち掛けている。
【正解と解説】
正解:1
- 選択肢1:◎ 死んだ馬(=平凡な郭隗)を高値で買うことで、生きている名馬(=優れた賢人)が集まってきた、というたとえ話の構造に完全に合致する。自分自身を「広告塔」として利用し、より優れた人材を呼び込むという郭隗の巧妙な戦略を的確に説明している。
- 選択肢2:自分を売り込んでいるが、それは自分が最高だと思っているからではなく、あくまで人材を集めるための「手段」としてである。
- 選択肢3:王を試すというよりは、具体的な戦略を提案している。
- 選択肢4:物事の順序という一般的な教訓ではなく、人材登用という特定の目的のための具体的な策である。
- 選択肢5:一族の登用というような私的な目的は本文から読み取れない。
- 選択肢6:人材登用を急がせているが、その方法は「死んだ馬の話」の比喩に込められた戦略である。
- 選択肢7:「自分も立派になれる」という自己成長が目的ではなく、あくまで自分は「おとり」であると認識している。
- 選択肢8:「練習台になる」という謙虚な提案ではなく、非常に計算高い戦略である。
- 選択肢9:近くの臣下を大切に、という趣旨ではなく、近くの臣下を「利用して」遠くの賢人を招こうとしている。
- 選択肢10:自分の人脈を使うとは言っておらず、賢人たちが自発的に集まってくる状況を作ろうとしている。
【覚えておきたい知識】
重要句法:抑揚形「Aスラ且ツ~、況ンヤBヲヤ」
- 意味:「Aでさえ~なのだから、ましてやBはなおさらだ」。程度の低いAを例に挙げ、程度の高いBがそうであるのは当然だと類推させる強調表現。
- 本文の例①:「死馬すら且つ之を買ふ、況んや生ける者をや」→ 死んだ馬でさえ買うのだ、ましてや生きている馬なら(もっと高く買ってくれるだろう)。
- 本文の例②:「隗すら且つ事へらる、況んや隗より賢れる者をや」→ (私)隗でさえ重用されるのだ、ましてや隗より優れた人物なら(なおさら厚遇されるだろう)。
- この構文は、説得力を高めるための強力なレトリックとして頻出する。
重要単語
- 寡人(かじん):「徳の少ない者」という意の謙譲語。王侯が自分を指して用いる一人称。
- 千里馬(せんりのうま):一日に千里を走るという名馬。転じて、非常に優れた才能を持つ人物のたとえ。
- 期年(きねん):まる一年。
- 士(し):学問や道徳を修めた立派な人物。ここでは広く「有能な人材」を指す。
- 致(いた)す:招き寄せる。来させる。
- 賢(まさ)る:(~より)優れている。賢い。
背景知識・故事成語:「先づ隗より始めよ(まづかいよりはじめよ)」
出典は『戦国策』。大きな目的を達成するためには、まず手近なことから始めるべきである、という意味で使われることがある。特に、この故事の文脈では、「優れた人材を招くためには、まず平凡でも身近な者を優遇して、人材を厚遇する姿勢を世に示すのが良い」という具体的な戦略を指す。「死馬の骨を買ふ」もこの話に由来し、本気であることを示すために、一見無価値なものに誠意を尽くすことのたとえ。