漢文対策問題 012(故事成語『破釜沈舟』)
本文
項羽乃悉引兵渡河、皆沈船、破釜甑、焼廬舎、持三日糧、以示士卒必死、無一還心。於是至則囲王離、与秦軍遇。九戦、絶其甬道、大破之。
【書き下し文】
項羽(こうう)乃(すなは)ち悉(ことごと)く兵を引きて河を渡り、皆(みな)船を沈め、釜甑(ふそう)を破り、廬舎(ろしゃ)を焼き、三日(みっか)の糧(りょう)を持つ。以(もっ)て士卒(しそつ)に必死(ひっし)にして一(いつ)も還(かへ)る心無きを示さんとす。是(ここ)に於(お)いて至れば則(すなは)ち王離(おうり)を囲み、秦軍(しんぐん)と遇(あ)ふ。九たび戦ひ、其の甬道(ようだう)を絶ち、大いに之を破る。
【現代語訳】
そこで項羽は全軍を率いて黄河を渡ると、すべての船を沈め、料理に使う釜や甑(こしき)を打ち壊し、宿舎を焼き払い、三日分の食料だけを兵士に持たせた。これらの行動によって、兵士たちに「必ず死ぬ覚悟で戦い、誰一人として生きて帰ろうなどという心を持ってはならない」ということを示そうとしたのである。そして、目的地に着くとすぐさま(秦の将軍である)王離の軍を包囲し、秦軍と激突した。九度戦い、秦軍の補給路を断ち切り、これを大いに打ち破った。
【問題】
項羽が「船を沈め、釜甑を破り、廬舎を焼き」という行動に出た目的は何か。本文に即して最も適当なものを選べ。
- 敵軍に利用されそうな物資を全て破壊し、敵の戦力を削ぐことを狙ったため。
- 兵士たちの持ち物を減らして身軽にさせ、軍の移動速度を上げるため。
- 退路や帰還後の生活手段を全て断つことで、兵士たちに不退転の決意を促し、死に物狂いで戦わせるため。
- 戦の前に神々への儀式として船や釜を破壊し、戦勝を祈願するため。
- 兵士たちに極度の絶望感を与えることで、かえって闘争本能を最大限に引き出そうとしたため。
- 味方の兵士が少ないことを敵に悟られないよう、宿舎などを焼き払って偽装工作を行ったため。
- 自軍の兵士たちの士気が低いことに憤慨し、彼らの甘えを断ち切るために厳しい態度を示したため。
- これから始まる過酷な戦いについていけない者は、この時点で脱走してもよいという意思表示のため。
- 戦いに敗れた場合は、全員でその場で自決するという覚悟を、形にして示したため。
- 三日分の食料で戦うことを示し、短期決戦で必ず勝利するという自信を兵士たちにアピールするため。
【正解と解説】
正解:3
- 選択肢1:敵に利用させないという目的もあったかもしれないが、本文が明確に示しているのは味方の兵士に対する心理的な効果である。
- 選択肢2:身軽にさせるという物理的な理由ではなく、心理的な目的が主である。
- 選択肢3:◎ 本文の「以て士卒に必死にして一も還る心無きを示さんとす」という記述に完全に合致する。退路を断ち、帰還の望みをなくさせることで、「死ぬ気で戦う」しかない状況に追い込む、という項羽の狙いを的確に説明している。
- 選択肢4:戦勝祈願の儀式であるという記述はない。
- 選択肢5:「絶望感」というよりは、「必死(必ず死ぬ覚悟)」という強い決意を促すことが目的である。
- 選択肢6:偽装工作であるという記述はない。
- 選択肢7:憤慨したという記述はなく、目的はあくまで士気の鼓舞である。
- 選択肢8:脱走を許すという趣旨ではなく、むしろ誰一人として帰さないという決意の表れである。
- 選択肢9:自決の覚悟というよりは、あくまで勝利のために死ぬ覚悟で戦うことを求めている。
- 選択肢10:短期決戦のアピールも含まれるかもしれないが、より根本的な目的は「不退転の決意」の共有であり、それを最も包括的に説明しているのは3である。
【覚えておきたい知識】
重要句法:「以(もっ)テ~ヲ示(しめ)ス」
- 意味:「~によって(~ということを)示す」。ある行動の目的や意図を説明する際によく使われる。
- 本文の例:「以て士卒に必死にして一も還る心無きを示さんとす」→(船を沈めるなどの行動)によって、兵士たちに「死ぬ覚悟で戦い、帰る心がないこと」を示そうとした。
- この句法を見たら、「何(行動)によって、誰に、何(意図)を示したのか」を整理することが重要。
重要単語
- 悉(ことごと)く:残らず全て。全部。
- 釜甑(ふそう):「釜」はなべ、「甑」は米などを蒸すための土器(こしき)。炊事道具一式のこと。
- 廬舎(ろしゃ):仮の小屋。宿舎。
- 糧(りょう):食料。兵糧。
- 士卒(しそつ):兵士たち。兵隊。
- 必死(ひっし):必ず死ぬこと。死ぬ覚悟であること。
- 甬道(ようどう):両側に土壁を築いた通路。ここでは敵の補給路を指す。
背景知識・故事成語:「破釜沈舟(はふちんしゅう)」
出典は『史記』の「項羽本紀」。秦を滅ぼす過程で行われた鉅鹿(きょろく)の戦いにおいて、項羽が自軍の退路を完全に断つことで、兵士たちに決死の覚悟をさせて大勝利を収めた故事に由来する。「釜を破り舟を沈む」とも訓読する。このことから、「生きて帰ることを考えず、決死の覚Gで物事に取り組むこと」のたとえとして使われる。背水の陣とほぼ同義だが、こちらは自ら退路を断つ、より積極的な行動を指す。このエピソードは、項羽の英雄的な側面を象徴する場面として有名である。