100(『論語』より 君子の自己修養)
本文
子曰、「(1)君子不重則不威。学則不固。主忠信。無友不如己者。(2)過則勿憚改。」
子曰、「君子欲訥於言、而敏於行。」
子曰、「君子求諸己。小人求諸人。」
【書き下し文】
子(し)曰(のたま)はく、「(1)君子(くんし)、重(おも)からざれば則(すなは)ち威(い)あらず。学べば則ち固(こ)ならず。忠信(ちゅうしん)を主(しゅ)とす。己(おのれ)に如(し)かざる者を友とすること無(な)かれ。(2)過(あやま)ちては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ。」と。
子曰はく、「君子は言(げん)に訥(とつ)にして、行(おこな)ひに敏(びん)ならんと欲す。」と。
子曰はく、「君子は諸(これ)を己に求む。小人(しょうじん)は諸を人に求む。」と。
【現代語訳】
先生が言われた、「君子は、口数は少なく、しかし行動は機敏でありたいと願うものだ。」と。
先生が言われた、「君子は(問題の原因を)自分自身に求める。つまらない人間は(問題の原因を)他人に求める。」と。
【設問】
問1 傍線部(1)「君子不重則不威。学則不固」が示す、君子が目指すべきバランスの取れた状態とはどのようなものか。最も適当なものを次から選べ。
- 重々しい威厳と、学問によって得られる柔軟な思考を両立させた状態。
- 生まれつきの威厳と、後から身につけた学問を兼ね備えた状態。
- 重々しく近寄りがたい雰囲気と、誰にでも教えを請う謙虚さを併せ持った状態。
- 威厳を保つために学問に励み、頑固なまでに自分の信念を貫く状態。
問2 傍線部(2)「過則勿憚改」という孔子の教えの根底にある考え方として、最も適当なものを次から選べ。
- 人間は誰でも過ちを犯す不完全な存在であるという、現実的な人間観。
- 過ちを改めることは、新しい自分に生まれ変わるための、絶好の機会であるという前向きな考え。
- 過ちを認めることは、自分のプライドや社会的評価よりも重要であるという、道徳的な価値観。
- 一度犯した過ちは、二度と繰り返してはならないという、厳しい自己規律。
問3 「君子求諸己。小人求諸人」という対比が示す、「君子」の生きる姿勢として、最も適当なものを次から選べ。
- 他人の評価を気にせず、常に自分自身の内なる声に耳を傾ける姿勢。
- 物事がうまくいかない時、その原因を他人のせいにせず、自らの内に求めて反省する姿勢。
- 他人に何かを求める前に、まず自分が他人のために何ができるかを考える姿勢。
- 他人に頼らず、どんな困難も自分一人の力で解決しようとする、独立独歩の姿勢。
問4 本文で述べられている君子のあり方を踏まえ、「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」を実践するために、まず必要となる心構えは何か。最も適当なものを次から選べ。
- 自分の過ちを指摘してくれる、優れた友人を持つこと。(無友不如己者)
- そもそも過ちを犯さないよう、言動を慎むこと。(訥於言)
- 自分の過ちの原因は自分にあると認める、自己反省の精神。(求諸己)
- 過ちを犯しても動じない、重々しい態度。(不重則不威)
【解答・解説】
問1:正解 1
- 「重からざれば則ち威あらず」は、どっしりとした重みがなければ威厳は生まれない、という君子の外面的なあり方を述べている。一方、「学べば則ち固ならず」は、しかし学問をすれば頑固一徹にはならない、という内面的な柔軟性を述べている。孔子は、この二つを両立させること、つまり、威厳がありながらも、独善的にならず柔軟な思考を持つことが君子の理想だとしている。
問2:正解 3
- 「憚る」は、ためらう、気兼ねする、という意味。過ちを改めることをためらう最大の理由は、自分の非を認めることに対するプライドや、評判が落ちることへの恐れである。孔子は、そうした世俗的な体面よりも、道徳的に正しい状態に立ち返ることの方がはるかに重要であると説いている。選択肢1も前提としては正しいが、この句が直接的に訴えかけているのは、プライドよりも道徳を優先する価値観である。
問3:正解 2
- 「諸を己に求む」とは、何か問題が起こった際に、その原因や責任の所在を自分自身に求める、ということである。逆に「小人」は、他人のせいや環境のせいにする。この対比は、君子が自己に対して厳しく、常に内省を怠らない責任感の強い人物であることを示している。
問4:正解 3
- 過ちを改めるためには、まず「それが自分の過ちである」と認めることが大前提となる。もし「小人」のように問題の原因を他人に求めていては、そもそも自分が改めるべき過ちは存在しないことになってしまう。「君子」のように、まず原因を自分自身に求める(求諸己)からこそ、「過ち」を認識し、それを「改める」という次のステップに進むことができる。したがって、自己反省の精神が最も根本的な心構えとなる。
【覚えておきたい知識】
重要単語
- 君子(くんし):徳の高い、理想的な人物。
- 重(おも)し:重々しい、どっしりとしている。軽々しくない。
- 威(い):威厳。
- 固(こ):頑固である、視野が狭い。
- 忠信(ちゅうしん):「忠」は真心、「信」は誠実さ。
- 己に如かざる者(おのれにしかざるもの):徳の面で、自分に及ばない者。
- 憚(はばか)る:ためらう、気兼ねする。
- 訥(とつ):口数が少ないこと、口べた。
- 敏(びん):行動が機敏であること、すばやいこと。
- 小人(しょうじん):徳の低い、つまらない人物。君子の対義語。
背景知識:君子と自己修養
『論語』において、「君子」は孔子が理想とする人間像である。君子は、生まれや身分によって決まるのではなく、絶え間ない自己修養によって到達すべき目標とされる。その修養の中心となるのが、常に自分の内面を見つめ、過ちを改める姿勢である。「君子は諸を己に求む」という言葉は、他責にせず、常に自分に原因を求める当事者意識の重要性を示している。そして、「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」は、その実践的な行動規範であり、失敗を恐れず、間違いを素直に認める道徳的勇気を説いている。これらは、現代においてもリーダーシップや人格形成における重要な教えとされている。