053(『戦国策』燕策 より 漁夫の利)

本文

趙且伐燕。蘇代為燕謂恵王曰、「今者臣来、過易水。蚌方出曝、而鷸啄其肉、蚌合而拑其喙。鷸曰、『今日不雨、明日不雨、即有死蚌。』蚌亦謂鷸曰、『今日不出、明日不出、即有死鷸。』(1)両者不肯相舎。漁者得而并擒之。今趙且伐燕、燕・趙久相支、以弊大衆、臣恐(2)彊秦之為漁夫也。故願王之熟計之也。」恵王曰、「善。」乃止。

【書き下し文】
趙(ちょう)、将(まさ)に燕(えん)を伐(う)たんとす。蘇代(そだい)、燕の為に恵王(けいおう)に謂(い)ひて曰く、「今者(いま)、臣来たるに、易水(えきすい)を過ぐ。蚌(ぼう)、方(まさ)に水より出でて曝(さら)すに、鷸(いつ)、其の肉を啄(ついば)む。蚌、合して其の喙(くちばし)を拑(はさ)む。鷸曰く、『今日(こんにち)雨ふらず、明日(みょうにち)雨ふらずんば、即(すなは)ち死蚌(しぼう)有らん。』と。蚌も亦(ま)た鷸に謂ひて曰く、『今日出ださず、明日出ださずんば、即ち死鷸有らん。』と。(1)両者(りょうしゃ)、相(あひ)舎(す)つるを肯(がへん)ぜず。漁者(ぎょしゃ)、得て之(これ)を并(あは)せ擒(とら)ふ。今、趙、将に燕を伐たんとす。燕・趙、久しく相支(ささ)へ、以て大衆(たいしゅう)を弊(つか)れしめば、臣、(2)彊秦(きょうしん)の漁夫と為(な)らんことを恐るるなり。故に王の之を熟計(じゅっけい)せんことを願ふなり。」と。恵王曰く、「善(ぜん)なり。」と。乃(すなは)ち止(や)む。

【現代語訳】
趙が、燕に攻め込もうとしていた。蘇代が燕の使者として(趙の)恵王に説いて言うことには、「今回、私がこちらへ参ります途中、易水という川を通りかかりました。ちょうどその時、どぶ貝が殻から出て日光浴をしておりましたところ、鴫(しぎ)がその身をくちばしでつつきました。すると貝は、ぱたりと殻を閉じて鴫のくちばしを挟んでしまいました。鴫が言うには、『今日も明日も雨が降らなければ、干からびて死んだ貝ができるだろう。』と。貝もまた鴫に言い返しました、『今日も明日も(私の殻から)くちばしが出なければ、死んだ鴫ができあがるだろう。』と。(1)両者はお互いに相手を放そうとしませんでした。そこへ漁師がやって来て、(両方とも)たやすく捕らえてしまいました。今、趙は燕に攻め込もうとしておられます。燕と趙が長い間対峙し、互いの民衆を疲れさせるならば、私は(2)強大な秦が漁夫の利を得ることになるのを心配しております。ですから、王がこの件をよくお考えになることを願っております。」と。恵王は「わかった。」と言って、(燕を攻めるのを)取りやめた。

【設問】

問1 傍線部(1)「両者不肯相舎」について、蚌(貝)と鷸(鴫)が互いに譲らなかった理由として最も適当なものを、それぞれ次から選べ。

【蚌】

  1. 一度挟んだくちばしを放せば、すぐに食べられてしまうから。
  2. 自分の殻の固さを鴫に誇示し、降参させようとしたから。
  3. 日光浴の邪魔をされたことへの怒りで、意地になっていたから。

【鷸】

  1. くちばしを抜けば、せっかくの獲物を逃がしてしまうから。
  2. 自分のくちばしの力を信じ、貝の殻を壊せると考えたから。
  3. 一度獲物に負けたとなれば、他の鳥の笑いものになるから。

問2 傍線部(2)「彊秦之為漁夫也」とは、どういうことか。最も適当な説明を次から選べ。

  1. 秦が、漁業の技術を燕と趙に教えてくれるということ。
  2. 燕と趙が争っている間に、第三者である秦が両国を滅ぼし、利益を独り占めにするだろうということ。
  3. 秦の漁夫が、燕と趙の国境の川で漁を始めるだろうということ。
  4. 秦が、燕と趙の争いを仲裁し、漁夫のように両者を助けてくれるだろうということ。
  5. 燕と趙が戦って疲弊すれば、秦も安心して漁業に専念できるだろうということ。

問3 この寓話における登場人物・動物と、それがたとえている国家との組み合わせとして、最も適当なものを次から選べ。

  1. 蚌-燕、鷸-趙、漁者-秦
  2. 蚌-秦、鷸-燕、漁者-趙
  3. 蚌-趙、鷸-燕、漁者-秦
  4. 蚌-燕、鷸-秦、漁者-趙

問4 蘇代がこの話をした目的は何か。最も適当なものを次から選べ。

  1. 恵王に、漁業がいかに利益の大きい産業であるかを教えるため。
  2. 恵王に、いたずらに他者と争うことの愚かさを具体例で示し、燕への侵攻を思いとどまらせるため。
  3. 恵王に、秦がいかに恐ろしい国であるかを伝え、同盟を結ぶことを提案するため。
  4. 恵王に、自分が見てきた珍しい出来事を語り、見聞の広さをアピールするため。
【解答・解説】

問1:正解 蚌(1)、鷸(1)

問2:正解 2

問3:正解 1

問4:正解 2

【覚えておきたい知識】

重要句法

重要単語

背景知識:漁夫の利(ぎょふのり)

出典は『戦国策』燕策。戦国時代、諸国を渡り歩いて外交政策を説いた説客たちの言説を集めた書物。この話は、二者が争っている間に、関係のない第三者がその利益を横取りしてしまうことのたとえとして、現代でも使われる故事成語「漁夫の利」の元となった。当事者同士が無益な争いをやめ、協力することの重要性や、争いを利用しようとする第三者の存在に注意を促す教訓として引用されることが多い。

レベル:共通テスト基礎~標準|更新:2025-07-26|問題番号:053