現代文対策問題 100
本文
「故郷(ふるさと)」という言葉は、私たちの心に温かい情景を呼び起こします。緑の山々、澄んだ小川、そして幼い頃に遊んだ仲間たちの顔。それは多くの人にとって、自らのアイデンティティの根源であり、いつでも帰ることのできる安らぎの場所として記憶されています。
しかし現代社会において、このような単一で安定した「故郷」のイメージは揺らぎ始めています。親の転勤や自らの進学・就職によって生まれ育った土地を離れ、生涯にわたって移動を続ける人々はもはや珍しくありません。彼らにとって「故郷はどこか」という問いは、簡単には答えられない切実なものになっています。「故郷」はもはや生まれながらに与えられる自明の場所ではなく、一人ひとりが自らの人生の中で探し求め、あるいは作り上げていくべきものへと変わりつつあるのです。
このような状況の中で、「故郷」という言葉自体の意味も変化しているように思われます。それは必ずしも特定の地理的な場所を指すものではないのかもしれません。気の置けない仲間と集う行きつけの店や、繰り返し読み返した一冊の本、さらにはインターネット上の仮想空間。人が「ここが自分の居場所だ」と感じ、深い愛着や帰属意識を持つことができるならば、そこがその人の「故郷」となり得るのです。
「故郷喪失」の時代と言われる現代。しかしそれは悲しむべき事態であると同時に、新たな可能性の始まりでもあります。私たちは土地という物理的な束縛から解放され、自らの意思で「故郷」を選び、創造する自由を手に入れました。血縁や地縁に代わる新しいつながりの形を模索し、複数の「故郷」を持つこと。それもまた現代的な豊かさの一つのあり方なのではないでしょうか。
【設問1】傍線部①「『故郷』はもはや生まれながらに与えられる自明の場所ではなく、一人ひとりが自らの人生の中で探し求め、あるいは作り上げていくべきものへと変わりつつある」とあるが、その背景にはどのような社会の変化があるか。
- 人々が伝統的な地域のしがらみを嫌い、匿名性の高い都市部へと移住するようになったこと。
- インターネットの普及により、物理的な場所を超えた人間関係を築くことが容易になったこと。
- 人々の移動が激しくなり、生涯を一つの土地で過ごすという生き方が一般的でなくなったこと。
- 少子高齢化と過疎化が進み、多くの人が生まれ故郷の共同体を維持できなくなったこと。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 「しがらみを嫌う」という心理的な理由よりも、社会構造そのものの変化が背景にあります。
- 2. インターネットの普及は第三段落で新たな「故郷」の可能性として挙げられていますが、伝統的な故郷観が揺らいだ直接的な理由ではありません。
- 3. 第二段落で筆者は「親の転勤や自らの進学・就職によって生まれ育った土地を離れ、生涯にわたって移動を続ける人々はもはや珍しくない」と述べています。これは定住性が失われ、流動性が高まったことを示しており、これが生まれ育った土地=「故郷」という図式を崩した根本的な理由です。
- 4. 「少子高齢化や過疎化」も関連しますが、筆者がより直接的に指摘しているのは個人のライフコースにおける「移動」の増大です。
【設問2】傍線部②「『故郷喪失』の時代と言われる現代。しかしそれは悲しむべき事態であると同時に、新たな可能性の始まりでもある」とあるが、筆者が見出している「新たな可能性」とはどのようなことか。
- 過去のしがらみから解放され、完全に自由で自立した個人として生きられるようになったこと。
- 生まれ育った土地に縛られることなく、自分の意思で帰属する場所を見つけ、作り出すことができるようになったこと。
- 特定の「故郷」を持たないことで、かえって世界中のあらゆる場所や文化に対して開かれた態度を持てるようになったこと。
- 「故郷」という概念そのものが消滅し、人々がよりグローバルな市民としての意識を持つようになったこと。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「完全な自由」というより、「新しいつながり」や「帰属」のあり方を模索しています。
- 2. 傍線部の直後で筆者は「私たちは土地という物理的な束縛から解放され、自らの意思で『故郷』を選択し、創造する自由を手に入れた」と述べています。これは、伝統的な「故郷」の喪失をネガティブなものとしてだけでなく、主体的な「故郷づくり」が可能になったというポジティブな側面を見出すものです。
- 3. 「世界中のあらゆる場所」というグローバルな視点より、まず個人の「居場所」の再構築がテーマです。
- 4. 「故郷そのものが消滅」するのではなく、その意味が「変化」し、複数の形で創造されうると考えています。
【設問3】筆者の考えを踏まえると、現代における「故郷」を成立させる最も重要な要素は何か。
- その土地で生まれ育ったという客観的な事実。
- その土地の歴史や文化に対する深い知識。
- その場所に対する個人の主観的な愛着と帰属意識。
- その場所が与えてくれる経済的な安定や利便性。
【正解と解説】
正解 → 3
- 1. 筆者はこの「生まれ育った」という事実が絶対的でなくなったと述べています。
- 2. 「知識」も愛着を深める一因かもしれませんが、本質的なのは感情的な結びつきです。
- 3. 第三段落で筆者は「人が『ここが自分の居場所だ』と感じ、深い愛着や帰属意識を持つことができるならば、そこがその人の『故郷』となり得る」と述べています。物理的な場所や客観的な条件よりも、個人の内面的な感覚が現代の「故郷」を成立させる根本だと考えています。
- 4. 「経済的な安定」や「利便性」は本文では論じられていません。
語句説明:
アイデンティティ:自己同一性。自分が自分であるという認識や確信。帰属意識。
切実(せつじつ):身に迫って強く感じられること。心からの真剣な気持ち。
気の置けない:遠慮や気兼ねをせず、心から打ち解けられるさま。
血縁・地縁:血のつながりによる関係と、住んでいる土地のつながりによる関係。