現代文対策問題 70
本文
引っ越してきたばかりのこの町は、まだ自分の町という気がしなかった。アパートの窓から見える景色はどこかよそよそしい。友達もいない。学校が終わるとまっすぐ家に帰り、部屋の隅で本を読むのが私の日課になっていた。
隣の部屋には、おじいさんが一人で住んでいるらしかった。一度だけ廊下ですれ違ったことがある。ずいぶん背が高くて無口そうな人だった。それきり顔を合わせることはなかったが、時々、壁の向こうからかすかな物音が聞こえてくる。トン、トン、と何かを彫るようなリズミカルな音が。
ある雨の日、学校から帰ると、アパートの入り口で傘を畳んでいる隣のおじいさんと一緒になった。気まずい沈黙が流れる。何か話すべきだろうか。そう思っていると、おじいさんの方が口を開いた。
「学校、楽しいかい」
予想外の質問に、私はうまく答えられなかった。「まあ、普通です」と曖昧に微笑むのが精一杯だった。
部屋に戻ってしばらくして、玄関のドアが小さくノックされた。開けてみると誰もいない。ただ、ドアノブに小さな木の鳥が一羽かかっていた。ニスも塗られていない、彫刻刀の跡がまだ生々しい作りかけの鳥。それは、私が毎日聞いているあの音から生まれてきたものだとすぐに分かった。鳥は翼を広げ、今にもこの部屋の窓から飛び立っていきそうだった。私はその小さな鳥をそっと両手で包み込んだ。
【設問1】傍線部「私が毎日聞いているあの音から生まれてきたものだとすぐに分かった」とあるが、この発見は、「私」にどのような気持ちをもたらしたか。最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 隣人が騒々しい物音を立てていた理由が判明し、納得と安堵の気持ちが湧いた。
- これまで謎めいていた隣人の日常の断片に触れ、無機質だった隣人との関係に温かい意味が生まれたような気持ち。
- 隣人が有名な彫刻家であることに気づき、畏敬の念と、自分のような者が隣に住んでいることへの恐縮した気持ち。
- 作りかけの作品を押し付けられたことに戸惑い、どう反応すべきか分からず困惑している気持ち。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 彼女は音を迷惑だとは思っていなかったので「安堵」は少し違います。
- 2. それまで隣人は「無口そう」で、聞こえてくる音はただの「かすかな物音」でした。しかし、この木の鳥という具体的な「作品」を目にすることで、あの音が隣人の創造的な営みであったことを知ります。音と物が結びついた瞬間、これまで断片的な情報に過ぎなかった隣人の存在が、彼女の中で温かみと物語性を持ったものへと変化したのです。
- 3. 隣人が「有名」かどうかは本文からは分かりません。
- 4. 「戸惑い」はあるかもしれませんが、それ以上にポジティブな心の動きが読み取れます。「そっと両手で包み込んだ」という行動は、その贈り物を大切に受け止めたことを示しています。
【設問2】おじいさんが「私」に木の鳥を渡した理由として、最も適当なものを次の中から一つ選べ。
- 自分の作品の出来栄えを誰かに評価してもらいたかったから。
- 新しい町で孤独を感じている少女の心を慰めようとした、不器用な親切心から。
- 自分の趣味を理解してもらい、できれば彫刻仲間になってほしいと考えたから。
- 日頃の騒音のお詫びとして、ささやかな贈り物をしようと思ったから。
【正解と解説】
正解 → 2
- 1. 「評価」を求めるなら「作りかけ」のものを渡すとは考えにくいです。
- 2. おじいさんは私との短い会話で、彼女が新しい環境に馴染めず元気がないことを敏感に察したのでしょう。彼は「無口そう」で、言葉で励ますのは苦手な人物です。そこで、自分が心を込めて作っている木の鳥をそっと渡すことで、彼女を元気づけようとしたのです。これは、彼のシャイで不器用ながらも深い優しさから出た行動です。
- 3. 「彫刻仲間」に誘うには、あまりに唐突で控えめなアプローチです。
- 4. 彼女が音を迷惑に思っていないことはこれまでの描写から明らかであり、「お詫び」が第一の理由とは考えにくいです。