漢文対策問題 050(故事成語『蛇足』)
本文
楚有祠者。賜其舎人卮酒。舎人相謂曰、「数人飲之不足、一人飲之有余。請画地為蛇、先成者飲酒。」一人蛇先成、引酒且飲之、乃左手持卮、右手画蛇曰、「吾能為之足。」未成、一人之蛇成、奪其卮曰、「蛇固無足。子安能為之足。」遂飲其酒。為蛇足者、終亡其酒。
【書き下し文】
楚(そ)に祠(まつ)る者有り。其(そ)の舎人(しゃじん)に卮酒(ししゅ)を賜(たま)ふ。舎人相(あ)ひ謂(い)ひて曰く、「数人(すうにん)にて之を飲まば足らず、一人にて之を飲まば余り有り。請(こ)ふ、地(ち)に画(ゑが)きて蛇(へび)を為(つく)り、先(ま)づ成る者、酒を飲まん。」と。一人の蛇先づ成る。酒を引きて将(まさ)に之を飲まんとす。乃(すなは)ち左手(さて)に卮を持ち、右手(うて)に蛇を画きて曰く、「吾(われ)能(よ)く之が足を為(つく)る。」と。未(いま)だ成らざるに、一人の蛇成る。其の卮を奪ひて曰く、「蛇は固(もと)より足無し。子(し)安(いづ)くんぞ能く之が足を為らんや。」と。遂(つひ)に其の酒を飲む。蛇の足を為りし者は、終(つひ)に其の酒を亡(うしな)へり。
【現代語訳】
【設問】
問1 最初に蛇を完成させた男が、勝ったにもかかわらず「吾能為之足」と言って、蛇に足を描き足そうとしたのはなぜか。最も適当なものを選べ。
- まだ時間に余裕があったので、自分の画才を誇示しようとしたから。
- 蛇には足があった方が、より力強く立派な絵になると考えたから。
- 他の者たちがまだ描き終わっていないのを確かめ、油断したから。
- 勝利の美酒を飲む前に、何かもう一つ余興をしようと思いついたから。
- 早く描き終わりすぎて、他の者たちに申し訳ないと思ったから。
問2 この物語から生まれた「蛇足」という言葉が、現代で使われる際の最も典型的な意味は何か。
- あると便利な、追加の付属品のこと。
- 本体よりも、付け足した部分の方が優れていること。
- あっても益がないばかりか、かえって余計で、物事の本質を損なうもの。
- もともと不可能なことを、可能であるかのように見せかけること。
- 話が本筋から大きく逸れてしまい、収拾がつかなくなること。
【正解と解説】
問1:正解 1
- 選択肢1:◎ 競争に勝って酒を得るという目的はすでに達成されている。その上で、あえて不要な「足」を描こうとしたのは、他の者たちに対して自分の余裕と画才を見せつけたいという、一種の虚栄心からだと解釈するのが最も自然である。
- 選択肢2:立派な絵にしようという芸術的な動機というよりは、競争相手に対する自己顕示欲が強い。
- 選択肢3:油断したのは事実だが、その上で「なぜ」足を描こうとしたかという動機まで説明している1の方が適切。
- 選択肢4:余興というよりは、自分の能力の誇示である。
- 選択肢5:申し訳ないという謙虚な気持ちであれば、このような挑発的な行動はとらない。
問2:正解 3
- 選択肢1:「あってもなくてもよい」ではなく、「ない方が良い」という否定的なニュアンスが強い。
- 選択肢2:「本末転倒」に近いが、蛇足はあくまで本体を「損なう」ものであり、優れているわけではない。
- 選択肢3:◎ 蛇に足は不要であり、描き加えることで「蛇」という本質が損なわれる。このことから、付け加えることでかえって価値を下げたり、意味を損なったりする「余計なもの」の代名詞として使われる。「君の説明は蛇足だったね」のように用いる。
- 選択肢4:「虚勢を張る」に近いが、蛇足は行為や物そのものを指す。
- 選択肢5:「脱線」も余計なものではあるが、蛇足はより明確に「本体を損なう不要物」という意味合いで使われる。
【覚えておきたい知識】
重要句法:未来・意志「将(まさ)ニ~ントス」と反語「安(いづ)クンゾ~ヤ」
- 未来・意志:「将(まさ)ニ~ントス」→「(今まさに)~しようとする」。英語の "be about to do" に近い。動作が実現する直前の状態を表す。本文では「将飲之(まさに之を飲まんとす)」と、飲む直前の状況を描写している。
- 反語:「安(いづ)クンゾ~ンヤ」→「どうして~だろうか、いや~ない」。強い否定や非難を表す。本文では「子安能為之足(子安くんぞ能く之が足を為らんや)」と、足を描く行為を「できるはずがない」と強く非難している。
重要単語
- 祠(まつ)る:先祖や神を祭ること。祭祀。
- 舎人(しゃじん):家に仕える者。家来。食客。
- 卮酒(ししゅ):「卮」は古代の酒器。壺に入った酒のこと。
- 固(もと)より:元来。もともと。言うまでもなく。
- 亡(うしな)ふ:失う。なくす。ここでは酒を飲み損ねる意。
背景知識・故事成語:「蛇足(だそく)」「画蛇添足(がだてんそく)」
出典は『戦国策(せんごくさく)』。この物語が語源である。あっても益がないばかりか、かえって物事の本質を損なう余計なもののたとえ。せっかく完成したものを、不必要なものを付け加えたために台無しにしてしまうこと。現代でも「その説明は蛇足だ」のようによく使われる。