ウルトラ先生の江戸時代マスターへの道

5-2. 史料読解道場 - 古文書の海を泳ぎ、歴史の声を聴く

東大日本史の合否を左右すると言っても過言ではない「史料読解」。過去問分析でも見た通り、ほぼ全ての大問で、何らかの形で史料が提示され、その内容を正確に読み解くことが求められる。史料は、歴史研究の出発点であり、過去の人々の考えや行動、社会の様子を直接的に伝えてくれる貴重な「一次情報」だ。しかし、その多くは古めかしい言葉で書かれていたり、断片的だったりして、初めはとっつきにくいかもしれない。

この「史料読解道場」では、そのような史料と格闘し、その奥に秘められた歴史の声を聴き取るための技術と心構えを伝授するぞ! 基本的な読解ステップから、頻出する史料の種類と特徴、そして具体的な読解テクニックまで、実践的な演習も交えながら、君の史料読解能力を飛躍的に向上させることを目指す。この道場での修行を終える頃には、古文書の海も恐れることなく泳ぎきれるようになっているはずだ!

1. 史料読解の基本的な心構えとステップ

まずは、史料と向き合う上での基本的な姿勢と、読解を進める上での手順を確認しよう。

心構え5カ条

  1. 史料は「完璧な真実」ではないと心得よ!: 史料は、ある特定の時点で、特定の人物が、特定の意図をもって書いた(あるいは作成した)ものだ。必ずしも客観的な事実だけが書かれているわけではない。書かれた背景、筆者の立場やバイアスなどを常に意識する「史料批判(しりょうひはん)」の視点が不可欠だ。
  2. 先入観を捨て、虚心坦懐(きょしんたんかい)に読み始めよ!: 自分の知っている知識だけで史料を解釈しようとすると、誤読の原因になる。まずは史料そのものが何を語っているのか、素直に耳を傾けること。
  3. 難しい言葉や表現に臆するな! 粘り強く食らいつけ!: 古い言葉遣いや、見たことのない漢字が出てきても、すぐに諦めない。注釈を最大限に活用し、前後の文脈から意味を推測する努力をしよう。
  4. 史料から読み取れる「事実」と、そこから導き出せる「解釈・推論」を区別せよ!: 史料に直接書かれていることと、それを基に歴史的知識と照らし合わせて考えられることとを、冷静に区別することが大切だ。
  5. 設問の要求を常に意識せよ!: 何のためにこの史料を読んでいるのか? 設問は何を問うているのか? それを常に念頭に置きながら、必要な情報を効率的に探し出す。

読解の基本ステップ

史料読解の基本ステップ ①出典確認 ②全体把握 ③キーワード特定 ④文脈理解&背景照合 ⑤設問と関連付
  1. 出典の確認: まず、史料の前に付いているリード文や注釈を熟読する。いつ頃の、誰が、どのような目的で作成した史料なのか、その史料の性格(法令か、日記か、手紙か等)を把握する。これが読解の最大のヒントになる。
  2. 内容の全体把握: いきなり細部にこだわるのではなく、まずは史料全体を一度読み通し(あるいは眺め)、何について書かれているのか、大まかなテーマや主題を掴む。
  3. キーワード・キーフレーズの特定: 設問で問われていることに関連しそうな言葉、繰り返し出てくる言葉、感情や評価を表す言葉、あるいは時代背景を示す言葉などに印をつけながら読む。
  4. 文脈の理解と歴史的背景との照合: 一つ一つの言葉の意味だけでなく、文全体の流れ(文脈)の中でその言葉や記述がどのような意味を持つのかを考える。そして、自分の持つ歴史的知識(その時代の政治状況、社会経済、文化など)と照らし合わせ、史料の内容を歴史的文脈の中に位置づける。
  5. 設問との関連付けと解答の構成: 史料から読み取った情報と、設問の要求を正確に結びつけ、解答の骨子を組み立てる。史料のどの部分を根拠とするのかを明確に意識する。

2. 頻出史料の種類と読解のポイント(江戸時代中心)

東大入試では、様々な種類の史料が出題される。ここでは、江戸時代に関連してよく見られる史料の種類と、その読解の際の着眼点を紹介するぞ。

  • 法令・御触書 (おふれがき):
    • 例: 武家諸法度、御触書集成、藩法など。
    • ポイント: 誰が(発布者)、誰に対し(対象者)、何を命じ/禁じているのか。その目的や制定された時代背景は何か。どのような言葉遣い(候文など)で書かれているか。幕府や藩の統治理念や政策の意図が読み取れる。
  • 日記・記録類:
    • 例: 武士の日記(『甲子夜話』など)、商人の日記、村役人の記録(村明細帳など)、外国人の日本滞在記(ケンペル『日本誌』、ツュンベリー『日本旅行記』など)。
    • ポイント: 筆者の身分・立場・視点(主観)を意識する。いつ、どこで、何を見聞し、どう感じたか。当時の人々の具体的な生活の様子、社会の雰囲気、事件の目撃情報などを知る手がかりとなる。客観的な事実と筆者の意見・感想を区別して読む。
  • 書簡 (しょかん - 手紙):
    • 例: 大名間の書簡、幕末の志士たちの書簡など。
    • ポイント: 差出人と宛先の関係性、手紙が書かれた具体的な目的や状況(私的な用件か、公的な連絡か)。個人的な内容の中に、当時の政治状況や人間関係、思想などをうかがわせる重要な情報が含まれていることがある。
  • 経済関連史料:
    • 例: 検地帳、年貢割付状、宗門改帳(人口統計の基礎資料)、藩の財政報告書、商家の経営記録(帳簿)、物価の記録など。
    • ポイント: 記載されている数値データが何を示しているのか(石高、年貢量、人口、価格など)。それらのデータから、当時の経済活動の実態、社会構造の変化、あるいは特定の政策の影響などを読み取る。
  • 絵図・地図史料:
    • 例: 江戸図屏風、名所図会、城下町の絵図、村の絵図、伊能図など。
    • ポイント: 何が、どのように描かれているか。作成された目的は何か(実用か、鑑賞か、宣伝か)。当時の都市や農村の景観、人々の生活の様子、空間認識、あるいは測量技術の水準などを知ることができる。
東大での着眼点: 様々な種類の史料に対して、それぞれの特性を理解した上で、柔軟に対応できる読解力が求められる。史料から直接読み取れる「事実」と、そこから歴史的知識を動員して導き出せる「解釈」や「推論」とを明確に区別し、設問に応じて使い分ける能力が重要。

3. 史料読解テクニック:難解な史料も怖くない!

古めかしい言葉遣いや表現も、いくつかのコツを押さえれば読み解くことができるぞ。

  • 注釈は宝の山!最大限に活用せよ: ほとんどの入試問題では、難しい語句や人名、事件名などには注釈が付いている。これを丁寧に読み、史料内容の理解に役立てよう。注釈自体がヒントになっていることも多い。
  • 候文 (そうろうぶん) の基本パターンに慣れる: 江戸時代の公的な文書の多くは候文で書かれている。「~に御座候(ござそうろう)」、「~仕り候(つかまつりそうろう)」、「~申し上げ候(もうしあげそうろう)」といった基本的な言い回しや、助動詞「候」の様々な用法(丁寧、断定など)に少し慣れておくだけでも、読解はずいぶん楽になる。(完璧な文法理解は不要だ)
  • 文の構造 (SVO) を意識する: 古文でも、基本的には「誰が(主語)」「何を(目的語)」「どうした(述語)」という構造がある。省略されている主語や目的語を、文脈や注釈から補いながら読むことが大切。
  • キーワードから全体像を掴む: 最初から一字一句完璧に理解しようとせず、まずは知っている言葉や繰り返し出てくる言葉、あるいは設問に関連しそうな言葉を手がかりに、史料の大まかな内容やテーマを掴む。そこから細部へと読み進めていく。
  • 図や年表、地図と連携させる: 史料の内容を、教科書や資料集に載っている関連する図(例:幕府機構図)、年表(事件の前後関係)、地図(場所の特定)などと照らし合わせながら読むと、理解が格段に深まる。
  • 音読してみる (練習時): 声に出して読んでみると、文の切れ目やリズム、あるいは言葉のニュアンスが掴みやすくなることがある。試験本番ではできないが、普段の学習に取り入れてみよう。

4. 実践演習:道場で腕試し! (江戸時代史料より)

(※著作権に配慮し、史料の全文掲載は控えます。実際の入試問題や史料集で確認し、以下のポイントを参考に読解練習をしてみてください。)

例題1:武家諸法度 (寛永令より抜粋)

一、参勤交代ノ事、毎歳夏中タルヘシ、従者ノ員数近来甚タ多シ、且国郡ノ費、且人民ノ労タリ、向後其ノ相応ヲ以テコレヲ減少スヘシ… (以下略)

(ヒント訳:参勤交代のこと、毎年夏に行うこと。供の者の数が近頃非常に多い。これは国の費用であり、人民の苦労でもある。今後はその分相応の数に減らすべきである…)

設問例: この条文が制定された目的として考えられることを、当時の幕府と大名の関係を踏まえて説明しなさい。(60字以内)

読解と解答のポイント:

  • 史料から「参勤交代の負担軽減」が読み取れる。
  • しかし、単なる負担軽減だけでなく、幕府が大名の行動を「規定」している点に着目。
  • 当時の時代背景(寛永期=3代将軍家光、幕藩体制確立期)と結びつけ、大名統制の強化という幕府の意図を読み解く。
  • 解答骨子:「幕府が大名の参勤交代を制度化し、その人数まで規定することで、大名への統制を強化し、幕府の優位を確立する目的。」

例題2:天保の飢饉に関する村役人の日記 (一部要約)

去ル十月以来、米価日ニ増シ、村内ニテハ食ニ窮スル者続出セリ。…(中略)…隣村ニテハ、富裕ナル○○屋ガ打コワサレタリトノ噂アリ。当村ニテモ不穏ノ動キ見ラルル故、代官所ヘ御救米ヲ願イ出ルベク、村一同ニテ相談致シ候。

(ヒント訳:去る10月以来、米の値段が日に日に上がり、村内では食べるものに困る者が続出している。…隣村では、金持ちの○○屋が打ちこわされたという噂がある。当村でも不穏な動きが見られるので、代官所へお救い米を願い出るべく、村一同で相談した。)

設問例: この史料から、天保の飢饉当時の農村の状況について、どのようなことが読み取れるか。2点挙げなさい。

読解と解答のポイント:

  • 「米価日ニ増シ、食ニ窮スル者続出」→ 食糧不足と生活困窮の深刻化。
  • 「隣村ニテハ…打コワサレタリトノ噂アリ。当村ニテモ不穏ノ動キ」→ 社会不安の増大と、打ちこわしのような民衆運動の発生(あるいはその危機感)。
  • 「代官所ヘ御救米ヲ願イ出ルベク」→ 領主(代官所)への救済要求。
  • 解答例:「①深刻な食糧不足により民衆が生活に困窮し、社会不安が高まっていたこと。②打ちこわしのような騒動が発生する可能性があり、領主に対し救済を求める動きがあったこと。」

(今後、さらに多様な史料を用いた演習問題を追加していく予定だ!)

5. 史料読解力をさらに高めるために:日々の鍛錬

史料読解力は、一朝一夕に身につくものではない。日々の地道な努力が大切だ。

  • 多くの史料に触れる: 教科書や資料集に掲載されている史料はもちろん、可能であれば史料集(書き下し文や現代語訳が付いているものが良い)にも目を通し、様々な種類の史料に慣れ親しむ。
  • 語彙力を増やす: 古文単語や歴史用語の知識は、読解の助けになる。分からない言葉は面倒くさがらずに辞書で調べる習慣をつけよう。
  • 歴史的背景を常に意識する: 史料を読む際には、それが書かれた時代がどのような時代だったのか、常に歴史的背景を意識することで、内容の理解が深まる。
  • 複数の史料を比較検討する: 同じ事件やテーマに関する複数の異なる史料(例えば、幕府側の記録と、反対派の人物の日記など)を読み比べることで、物事を多角的に捉える訓練になる。
  • 要約する練習: 読んだ史料の内容を、自分の言葉で短く要約する練習は、読解力と記述力の両方を鍛えるのに有効だ。
【学術的豆知識】「くずし字」の壁と史料へのアクセス

僕たちが普段目にする史料の多くは、読みやすいように活字化(活字翻刻)されたり、書き下し文や現代語訳が付けられたりしている。しかし、実際に江戸時代に書かれたオリジナルの古文書の多くは、「くずし字(崩し字)」と呼ばれる、続け字のような独特の書体で書かれているんだ。このくずし字を読めるようになるには専門的な訓練が必要で、これが一般の人々や、時には歴史研究者にとっても、生の史料に直接アクセスする上での大きな「壁」となることがある。近年では、AI(人工知能)を使ってくずし字を自動翻刻する技術も開発されつつあり、これが進めば、より多くの人々が貴重な歴史史料に触れられるようになるかもしれないね。

(Click to listen) Many of the historical sources we typically encounter have been transcribed into print (katsuji honkoku), or provided with書き下し文 (kakikudashi-bun, a more readable form of classical Japanese) or modern Japanese translations for easier reading. However, many original Edo-period documents were written in a unique cursive script called "kuzushiji." Reading kuzushiji requires specialized training and can be a significant barrier for the general public, and sometimes even for historical researchers, to directly access raw historical materials. In recent years, AI technology for automatically transcribing kuzushiji is being developed, and if this progresses, it may enable more people to access valuable historical sources.

This Page's Summary in English (Click to expand and listen to paragraphs)

This page, "Dōjō for Reading Historical Source Materials," focuses on developing the crucial skill of interpreting primary sources, essential for the University of Tokyo's Japanese history exam. Primary sources offer direct insights into the past but can be challenging to understand.

The fundamental mindset for source reading includes: understanding that sources are not perfect truth (requiring critical analysis - shiryō hihan), approaching them perubahan, persevering through difficult language, distinguishing facts from interpretations, and constantly relating the source to the exam question. The basic steps involve: 1. Checking the source's origin (author, date, purpose). 2. Grasping the overall content. 3. Identifying keywords and key phrases. 4. Understanding context and cross-referencing with historical background. 5. Connecting the source to the exam question and structuring the answer.

Common types of Edo-period sources in exams include: laws/edicts (e.g., Buke Shohatto), diaries/records (by samurai, merchants, foreigners like Kaempfer), letters, economic documents (land registers, tax records, merchant ledgers), diplomatic documents, and intellectual/scholarly writings, as well as pictorial/map sources. Each type requires a tailored approach, focusing on authorship, purpose, and the nature of the information provided.

Effective reading techniques include: fully utilizing annotations, familiarizing oneself with basic Sōrōbun (epistolary style) patterns, identifying grammatical structures, grasping the main theme from keywords before diving into details, and cross-referencing with diagrams, timelines, and maps. Practice exercises with sample Edo-period sources (e.g., Buke Shohatto excerpt, a village official's diary during a famine) are provided to illustrate these points.

To further improve source reading skills, regular exposure to various sources, vocabulary building, constant awareness of historical context, comparative analysis of multiple sources, and practicing summarization are recommended. Understanding that many original documents are in hard-to-read "kuzushiji" (cursive script) highlights the value of transcribed and translated materials, and the potential of new technologies like AI in making sources more accessible.


史料読解の技術は、まさに歴史探求の「武器」だ。この道場でその武器を磨き上げよう。 次は、東大日本史の最大の関門とも言える「論述問題」を攻略するための特訓講座だ!

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