ウルトラ先生の江戸時代マスターへの道

4-2. 江戸から明治への「連続性」と「非連続性」 - 変革のダイナミズムと歴史の重層性

前ページでは、江戸時代が明治以降の日本に多くの「遺産」を残したことを見たね。それは、明治維新という大変革が、決して過去との完全な断絶の上になりたったのではなく、江戸時代という豊かな土壌から多くのものを受け継いでいたことを示している。しかし同時に、明治維新は「維新」という言葉が示す通り、古いものを改めて新しいものを打ち立てる、「非連続性(断絶)」の側面も色濃く持っていた。

このページでは、江戸時代から明治時代への移行期に見られるこの「連続性(変わらなかったもの・引き継がれたもの)」「非連続性(劇的に変わったもの)」を、政治・経済・社会・文化といった具体的な分野ごとに検証していく。この両面性を深く理解することによって、明治維新という変革の真の姿、そのダイナミズムと歴史の重層性を捉えることができるようになるはずだ。

1. 「非連続性 (断絶)」の側面:何が劇的に変わったのか?

明治維新は、江戸時代までの支配体制や社会構造を根底から覆す、まさに革命的な変革をもたらした。

  • 政治体制の根本的変革:
    • 幕藩体制の解体: 約260年続いた徳川幕府と諸藩による支配体制が終わりを告げた(大政奉還王政復古の大号令)。
    • 中央集権国家の樹立: 廃藩置県(1871年)により、全国が府と県に再編され、中央政府が直接統治する体制が確立された。これにより、日本は統一された近代国家へと歩み始めた。
    • 武士による支配の終焉: 武士階級が政治権力を独占する時代が終わり、天皇を中心とし、薩長土肥出身者を中心とする新しい指導者層(官僚)による政治へと移行。将来的には議会制への道も開かれた。
  • 身分制度の解体と「四民平等」:
    • 江戸時代の厳格な士農工商の身分制度が法的に廃止され、皇族・華族・士族・平民という新たな族称に再編された(四民平等)。これにより、職業選択の自由や結婚の自由、居住移転の自由などが原則として認められた。
    • 武士の特権であった帯刀権や俸禄(秩禄処分)が廃止され、武士階級は実質的に解体された。
    • 解放令(1871年)により、えた・ひにんなどの被差別身分の呼称が廃止され、法的には平民とされた。
  • 対外政策の大転換と国際社会への参加:
    • 約200年続いた「鎖国」政策が完全に放棄され、「開国」して積極的に西洋諸国との外交・通商関係を結ぶようになった。
    • 不平等条約(領事裁判権、関税自主権の欠如)を締結させられたが、その改正は明治政府の最重要課題の一つとなった。
    • 西洋文明の積極的な導入(文明開化)が進められ、社会のあり方や人々の生活様式が大きく変化した。
  • 法制度・軍事制度・経済システムの近代化:
    • 西洋の法体系をモデルとした近代的な法典(民法、刑法、商法など)の編纂が進められた。
    • 徴兵令(1873年)により、身分に関わらない国民皆兵を原則とする近代的軍隊が創設された。
    • 地租改正(1873年~)により、税制が米納の年貢から金納の地租へと変わり、土地所有権も近代的に確立された(地券の発行)。
    • 殖産興業政策により、官営模範工場や鉄道、電信といった近代的産業インフラが導入された。
東大での着眼点: これらの「断絶」が、当時の日本の社会や人々にどのような衝撃や混乱をもたらしたのか(例:士族の不満と反乱、農民の地租改正反対一揆など)。また、これらの変革が、新しい近代国家を建設する上でどのような意義を持ったのかを具体的に考察する。

2. 「連続性」の側面:何が引き継がれ、あるいは残存したのか?

明治維新は大きな変革をもたらしたが、同時に江戸時代から多くのものが引き継がれ、明治社会の基盤となった。

  • 経済的基盤の連続性:
    • 江戸時代に発展した農業生産力(新田開発、技術改良など)は、明治初期の食糧供給と人口増加を支えた。
    • 全国的な市場経済や流通網(五街道、海運など)、そして商業資本(三井、住友などの豪商)は、明治期の資本主義の発展の土台となった。
    • 各地の伝統的な手工業技術(絹織物、陶磁器、醸造など)は、形を変えながらも近代産業へと繋がったり、輸出産業の基礎となったりした。
  • 社会的・人的基盤の連続性:
    • 江戸時代の高い識字率と教育水準(寺子屋や藩校の普及)は、明治期の学制頒布による国民教育の急速な普及と、西洋の新しい知識・技術の受容を容易にした。
    • 村落共同体の仕組みや「家」制度のあり方は、明治以降も日本の社会構造や家族観に強い影響を残した。地方行政の末端では、旧村役人層が引き続き重要な役割を担うことも多かった。
    • 明治新政府の指導者層の多く(大久保利通、木戸孝允、伊藤博文など)は、江戸時代の武士階級(特に西南雄藩の下級武士)出身であり、彼らが江戸時代に培った政治的素養や危機意識、藩益を超えた国家意識(あるいはその限界)が、新政府の政策や性格に影響を与えた。
  • 文化的・思想的連続性:
    • 儒教的道徳観(忠孝、勤勉、倹約、長上への敬意など)は、形を変えながらも教育勅語などを通じて国民道徳として再編され、社会の安定や近代化への規律ある労働力として機能した側面がある。
    • 国学思想は、天皇中心の国家観やナショナリズム(国粋主義)の形成に影響を与え、神道国教化の動きにも繋がった。
    • 江戸時代の庶民文化(歌舞伎、浮世絵、落語、俳諧など)の一部は、明治以降も大衆の娯楽として生き続け、新しい文化の創造の源泉ともなった。
    • 「和魂洋才」という言葉に象徴されるように、日本の伝統的精神を保ちつつ西洋の技術・制度を選択的に取り入れようとする姿勢は、江戸時代の蘭学受容のあり方とも通じるものがある。
  • 統治機構や法意識における連続性:
    • 幕府や藩の行政機構や官僚制度の運用経験の一部は、明治政府の官僚制の形成にも影響を与えた。
    • 江戸時代の法慣習や紛争解決のあり方の一部は、明治初期の法制度にも影響を残した。
東大での着眼点: 江戸時代からの「連続性」が、明治維新後の日本の近代化をどのように規定し、またどのような強みや弱みをもたらしたのかを具体的に分析する。例えば、高い教育水準は近代化を促進したが、封建的な身分意識の残滓は社会の歪みを生んだ、といった両面からの考察が求められる。
江戸から明治への主な「連続」と「非連続」 (分野別概観) 分野 非連続性 (大きく変わった点) 連続性 (引き継がれた点・残った点) 政治体制 幕藩体制 → 天皇中心の中央集権国家
武士支配 → 四民平等・官僚制 行政官僚層の人的資源、一部の統治ノウハウ、天皇の伝統的権威の利用 身分制度 士農工商・被差別身分の法的廃止 旧身分に基づく差別意識の残存、華族・士族・平民という新たな族称 経済システム 地租改正 (金納化・地価基準)、殖産興業 (近代的工場)、資本主義の導入 農業生産力、全国市場・流通網、商業資本、伝統的技術 対外政策 鎖国 → 開国、不平等条約 限定的な外交経験、蘭学による西洋知識 社会構造 職業選択・居住移転の自由 (原則) 村落共同体、「家」制度、地域性、一部の生活慣習 文化・思想 文明開化 (西洋文化の流入)、国家神道の形成 儒教的道徳観、国学思想、庶民文化、高い識字率

3. 「連続」と「断絶」の弁証法的関係:歴史はらせん状に進む

歴史の大きな転換期を考えるとき、「連続性」と「非連続性(断絶)」は、どちらか一方だけを強調するのではなく、両者が相互に影響し合い、複雑に絡み合っていると捉えることが重要だ。これを「弁証法的(べんしょうほうてき)関係」と表現することもある。

  • 例えば、江戸時代の身分制度は法的には「断絶」したが、旧身分に基づく差別意識や社会的な序列観は「連続」し、形を変えながらも明治以降の社会に影響を与え続けた。
  • また、江戸時代の伝統的な手工業技術(連続性)を基盤としながらも、西洋から導入された新しい機械技術(非連続性)と結びつくことで、日本の近代産業が発展していった。
  • 「尊王攘夷」という思想も、当初は外国排斥という側面が強かったが(ある種の伝統回帰=連続性)、やがて幕府を倒し新しい国家を作るという革命的な思想(非連続性)へと転化していった。

このように、歴史の変革とは、多くの場合、古いものの中から新しいものが生まれ、古いものと新しいものが対立・融合しながら、らせん階段を上るように発展していくプロセス(アウフヘーベン:止揚)として理解することができるんだ。

4. なぜ「連続と断絶」の視点が歴史理解に重要なのか?

この「連続と断絶」という視点を持つことは、歴史をより深く、そしてより正確に理解するために不可欠だ。

  • 歴史を、単なる一直線の「進歩」や「後退」として捉えるのではなく、その複雑な重層性や多面性を認識することができる。
  • ある時代の変革(例えば明治維新)を評価する際に、それが過去から何を継承し、何を断ち切ったのか、そしてその選択がどのような結果をもたらしたのかを見極めることで、その変革の本質や歴史的意義をより深く捉えることができる。
  • 現代社会が抱える様々な問題もまた、過去からの「連続性」と、過去との「断絶」の産物であるという視点を持つことで、問題の根源や解決へのヒントが見えてくることがある。
【学術的豆知識】明治維新は「革命」だったのか、「改革」だったのか?

明治維新の性格については、歴史学者の間でも長年議論が重ねられてきた。「革命(Revolution)」と見るか、「(上からの)改革(Reform)」と見るか、あるいはその両方の要素を持つと見るか、立場によって評価は分かれるんだ。

「革命」と見る立場は、幕藩体制という旧体制が武力によって打倒され、政治権力が根本的に移動し、社会構造にも大きな変化が生じた点(身分制の解体など)を重視する。フランス革命やロシア革命のような市民革命・社会主義革命とは性格が異なるが、アジアにおける最初の「ブルジョア革命」の一形態と捉える見方もあった(戦後のマルクス主義史学など)。

一方、「改革」と見る立場は、維新の指導者が旧支配階級(武士)の一部であり、天皇という伝統的権威を前面に押し出したこと、民衆が主体となった変革ではなかったこと、そして江戸時代からの連続性が強いことなどを指摘する。

現在では、明治維新を単純にどちらか一方に分類するのではなく、「革命」的な側面と「改革」的な側面を併せ持つ、複合的で多段階的な大変革期として捉える見方が一般的になっている。この「連続と断絶」の視点こそが、そうした複合的な理解を可能にするんだね。

(Click to listen) The nature of the Meiji Restoration has been a subject of prolonged debate among historians. Whether it should be viewed as a "revolution," an "(elite-led) reform," or as possessing elements of both, evaluations differ depending on one's standpoint. The "revolution" perspective emphasizes the overthrow of the old Bakuhan system by force, the fundamental shift in political power, and significant changes in social structure (e.g., dismantling of the class system). Some have viewed it as a form of bourgeois revolution in Asia, though different in character from the French or Russian revolutions (e.g., post-war Marxist historiography). On the other hand, the "reform" perspective points to the fact that the Restoration leaders were part of the former ruling class (samurai), that traditional imperial authority was brought to the fore, that it was not a popular-led transformation, and that there were strong continuities from the Edo period. Today, it is common to view the Meiji Restoration not as simply one or the other, but as a complex, multi-stage period of profound transformation possessing both "revolutionary" and "reformist" aspects. The perspective of "continuity and discontinuity" is precisely what enables such a composite understanding.

This Page's Summary in English (Click to expand and listen to paragraphs)

This page analyzes the "continuities" and "discontinuities" between the Edo period and the Meiji period, focusing on the Meiji Restoration as a pivotal moment of transformation. While the Restoration brought about radical changes, it also built upon foundations laid during the Edo era.

Aspects of Discontinuity (Radical Change) include: 1. Fundamental political transformation from the feudal Bakuhan system to a centralized state эмодзи by the Emperor (e.g., abolition of domains and establishment of prefectures - Haihan Chiken). 2. Dismantling of the hereditary class system (Shi-nō-kō-shō) and legal establishment of "equality of the four classes" (Shimin Byōdō), though de facto discrimination persisted. Samurai privileges were abolished. 3. A major shift in foreign policy from "sakoku" (national seclusion) to "kaikoku" (opening the country) and active engagement with Western powers, despite unequal treaties. 4. Modernization of legal and military systems (e.g., compilation of modern law codes, Conscription Ordinance) and economic systems (e.g., Land Tax Reform, promotion of modern industry - Shokusan Kōgyō).

Aspects of Continuity (Elements Carried Over or Remaining) include: 1. Economic foundations like agricultural productivity, a national market, commercial capital, and traditional craft skills. 2. Social and human capital, such as high literacy rates, established educational institutions (domain schools, terakoya), existing village and family structures, and the leadership Erfahrungen of former samurai who spearheaded the Restoration. 3. Cultural and intellectual traditions, including Confucian ethics (repurposed as national morality), Kokugaku (influencing emperor-centered nationalism), elements of popular culture, and the "Wakon Yōsai" (Japanese spirit, Western technology) approach to modernization, echoing earlier Rangaku attitudes.

Often, continuity and discontinuity are intertwined dialectically; for example, the legal abolition of the class system (discontinuity) did not immediately erase status-based social consciousness (continuity). Understanding this complex interplay is crucial for a nuanced comprehension of the Meiji Restoration, which is often debated as a "revolution" versus a "reform." It is generally seen today as a multifaceted transformation with elements of both.


江戸から明治への大転換期における「変わったもの」と「変わらなかったもの」の複雑な関係が見えてきただろうか? 次は、私たちが学ぶ「江戸時代の歴史」そのものが、どのように研究され、語られてきたのか、その歴史(研究史)を概観してみよう。

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